魔法のようにとれた貝と魔法のようなルートで夢の漁師町となった浦安。

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しかし、その漁師町は今は浦安から姿を消してしまいました。
そのあたりの事情を元漁師の大塚道和さんに伺います。
 
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黒い水事件(1958):旧江戸川沿いの工場から出た排水で東京湾の魚や貝が死滅。深刻な被害が出た。

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怒った漁師たちは工場に乱入。
8人の逮捕者が出ました。

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高度経済成長期の当時、公害で漁獲量は減少。
東京湾での漁業は成り立たなくなってゆきました。

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危機的な状況を迎えた浦安が、新しく生まれ変わった町となるきっかけを探すため、魚市場から南に3キロの住宅街にやって来ました。

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この段差は、埋め立て地と旧市街地の境。
タモリさんたちが立っている場所は堤防の跡。

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浦安を東西に横切るこの段差道路はかつて海岸線でした。

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昭和40年ごろから、この辺りから浦安の埋め立てが始まる。
埋め立てこそが浦安が新しく生まれ変わるきっかけだったのです。

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高潮などの被害を防ぐため、海側の方が高くなっています。

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広大な浅瀬だったので埋め立てがしやすい場所。
浦安市の4分の3は埋め立て地。

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 埋め立て地は主に宅地として利用されました。

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続いてタモリさん一行が向かったのは、最初に埋め立てが行われた場所。

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 ここでは新しい住宅地をより魅力的にするための工夫が見られます。

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公園内にある人工の山。
浦安富士は標高15m。

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浦安の人は高低差に憧れていた?

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「浦安富士」は住環境をよくするために、昭和44年に作られました。

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こうして浦安は漁師町から今や人口16万の一大ベッドタウンに生まれ変わりました。
そして、昭和58年、あのテーマパークが誕生。

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タモリさんたちは再び元町地区に戻ってきました。

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創業120年の船宿。

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