群馬県沼田市。
タモリさんは高校時代に地学の授業で沼田を知り、大学進学で上京してからこの街を訪れたそうです。
沼田は典型的な河岸段丘がある土地なのだそうです。

線路の上の歩道橋から段丘崖を眺める。

沼田城は河岸段丘の上に建っていました。
地形的に3つの河岸段丘に守られています。

CGでお城を再現するとこんな感じ。

タモリさんたちは沼田駅前から約70m以上の高さがある段丘崖を登り、河岸段丘の平らな土地(段丘面)に移動します。
段丘面には市街地が広がっています。

一行はまず真田にゆかりのあるお寺、正覚寺(1612年創建)を訪れます。
古地図で見ると正覚寺も沼田城も
崖の縁にあることがわかります。


正覚寺は真田信繁の義姉にあたる小松姫が眠るお寺。

小松姫は本多忠勝の娘、後に徳川家康の養女になり、真田信幸の妻になります。

正覚寺の庭の端に行くと、城も寺も崖っぷちにあることがよくわかります。

沼田は戦国大名たちが狙っていた戦略上の要所。

沼田は多くの街道が交差する交通の要衝だったのです。

真田が城下町に作った防衛に関する工夫を見るために、市街地に移動します。

古地図で城下町の町割りをみると、道が不自然に斜めに交わっています。

沼田の城下町には防衛のためのお堀やカギ形の道もありますが、道を斜めにする利点は何だったのでしょうか。

斜めの道を歩いていると、突如襲ってきた真田の軍勢。

斜めの道で三角形のスペースを作ることで、隠れて待ち伏せする空間を確保していたのです。

この空間は武者隠しと呼ばれています。

お店のおばあちゃんに真正面から褒められて思わず照れる桑子アナ。

おばあちゃんによると、先代がこの武者隠しを遺しておいたのだそうです。

続きを読む
タモリさんは高校時代に地学の授業で沼田を知り、大学進学で上京してからこの街を訪れたそうです。
沼田は典型的な河岸段丘がある土地なのだそうです。

線路の上の歩道橋から段丘崖を眺める。

沼田城は河岸段丘の上に建っていました。
地形的に3つの河岸段丘に守られています。

CGでお城を再現するとこんな感じ。

タモリさんたちは沼田駅前から約70m以上の高さがある段丘崖を登り、河岸段丘の平らな土地(段丘面)に移動します。
段丘面には市街地が広がっています。

一行はまず真田にゆかりのあるお寺、正覚寺(1612年創建)を訪れます。
古地図で見ると正覚寺も沼田城も
崖の縁にあることがわかります。


正覚寺は真田信繁の義姉にあたる小松姫が眠るお寺。

小松姫は本多忠勝の娘、後に徳川家康の養女になり、真田信幸の妻になります。

正覚寺の庭の端に行くと、城も寺も崖っぷちにあることがよくわかります。

沼田は戦国大名たちが狙っていた戦略上の要所。

沼田は多くの街道が交差する交通の要衝だったのです。

真田が城下町に作った防衛に関する工夫を見るために、市街地に移動します。

古地図で城下町の町割りをみると、道が不自然に斜めに交わっています。

沼田の城下町には防衛のためのお堀やカギ形の道もありますが、道を斜めにする利点は何だったのでしょうか。

斜めの道を歩いていると、突如襲ってきた真田の軍勢。

斜めの道で三角形のスペースを作ることで、隠れて待ち伏せする空間を確保していたのです。

この空間は武者隠しと呼ばれています。

お店のおばあちゃんに真正面から褒められて思わず照れる桑子アナ。

おばあちゃんによると、先代がこの武者隠しを遺しておいたのだそうです。

続きを読む