昭和の東京を支えるエネルギー基地となった豊洲。

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しかし、時代の変化とともに工場はその役目を終えると次々と立ち退きました。

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平成に入ると、その跡地には再開発の波が押し寄せました。

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タモリさんたちは昔の姿をとどめている場所を探しに豊洲の街を歩きます。

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埋立地なのに坂道

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なつかしの円広志♪夢想花w

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(壁の)内側に何か守るべきものがあった?

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この壁は防潮堤だった。
人が住む住宅地帯と工場地帯の境に防潮堤を設置したのです。

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赤線(防潮堤)の端に水陸両用バスから見た「止めるぞ高潮 守るぞ都民」がある。

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豊洲在住40年の鹿取俊二さんが防潮堤と坂道の関係について説明してくれます。

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昭和30年頃までは平らだった。
ここは盛り土をした。

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昭和30年代初めに大きな台風がいくつか日本を襲いました。
その対策として考えられたのが盛り土。
工場地帯と住宅街を結ぶ幹線道路を防潮堤で遮ることはできないので、盛り土で幹線道路自体を上げて防潮堤代わりにしたのです。

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旧工場地帯に人が住めるようになったのは10年前。
今やこの有様。

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タモリさんたちは再び豊洲の中心に戻ってきました。
実はここには昭和の匂いが色濃く残る場所があります。

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ここが昭和へタイムワープする入口。

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路地を抜けると懐かしい感じの集合住宅が…。

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古い都営住宅は公園とセット。

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豊洲は短い期間で大きな変貌を遂げました。

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