懐かしい曲とともに森脇先生登場。

sarugan1

1996年のミリオンヒット「白い雲のように」。
昔から思っていましたが、有吉くんより上手です。
ただ、スーツ姿なので、カラオケが上手いサラリーマンにしかみえません。

sarugan2

一般人としては初のしくじり先生。
今回は”根気がなくて芸人をやめちゃった先生”として教壇に立ちました。

とにかく、森脇先生は根気がないというか、飽きっぽいというか、熱しやすく冷めやすい性格のようです。

中高時代、まず森脇先生は「ビーバップ・ハイスクール」を読んで感動、そのまま即ヤンキーに。



次に「柔道部物語」を読んで感動、柔道部に入部します。

柔道部物語(1)
小林まこと
講談社
2012-12-21


幼馴染の有吉くんは黒帯を取りましたが、森脇先生は素行が悪くて昇段試験に連れて行ってもらえなかったそうです。

さらに「湘南爆走族」を読んで、暴走族になります。



若い頃は何かにかぶれてバカなことをするのはよくあることですが、これだけフットワークが軽い人も珍しい。

森脇先生は高校を中退した後、有吉くんがオール巨人に弟子入りし、芸人を目指しているのをテレビで知り、これもまた大いに影響を受けます。
そして、有吉君が広島に帰京した際、有吉くんに誘われて上京します。
この時点で、森脇先生には芸人なろうという気持ちはあまり強くなかったそうです。
なんか面白そうだから、というノリでコンビを結成したようです。

2004年にコンビを解散して森脇先生がホストクラブ(番組ではサパークラブと言っていたが当時はそう報じられていた)のオーナーに転身したという写真誌の記事を読んだときはちょっと驚きました。
ギョロ目でちょっとクセがありそうな有吉くんと違い、森脇先生は見た目はシュッとした好青年風だったので、水商売の道に進んだというニュースは意外でした。
でも、こういう性格なら無理からぬことだったわけで、有吉くんも彼のことはよく知っていたはずだから彼が芸人をやめたのは意外ではなかったのかもしれません。

さて、話を戻しますが、上京後、彼らは幸運にも「進め電波少年!」のオーディションに合格します。
 
1996年4月、ひとまず香港に連れて行かれ、そこから苦難の旅がスタートします。
 スタート直前まで、彼らはこの企画を知らされていなかったそうです。
当時の電波少年はとにかく駆け出しの芸人にムチャをやらせる番組でした。
彼らは所持金10万円で、ロンドンまでヒッチハイクでいくよう命じられます。 

sarugan3

この旅は相当に過酷だったようです。

二人はある夜相談し、どちらかが大けがをすればこの企画が中止になって、日本に帰れるのではないかと考えました。
二人は話し合った末、ジャンケンをし、負けた方が車に飛び込んで大けがをすることにしました。
負けたのは有吉くん。
翌日有吉くんは車がたくさん走る大通りに立ちます。
車に飛び込もうとするのですが、当然怖くてなかなか飛び込めません。
森脇「押そうか?」
有吉「いや、自分のタイミングで飛び込むから」
もう会話がクレイジーですw
ついに意を決した有吉くん、3、2、1のカウントとともに車に飛び込みます。
でもどうしても恐怖心があるので中途半端な飛び込みになり、足の先だけ車に轢かれたそうです。
有吉くんはこの後足先の痛みというテレビでは言えない地味な痛みを抱えたまま旅を続けたそうです。

このエピソード(テレビでは初めて話したそうです)は、このヒッチハイクの旅がいかに辛いものだったかをよく物語っています。

しかし、こうした苦労の甲斐あり、二人が旅を終えて半年後に帰国すると、猿岩石は日本中が知る人気者になっていました。
3万人のファンが待つ西武球場で凱旋帰国をした後、歌を出し、本を出し、写真集を出し、全国ツアーで日本各地を巡ります。

しかしながら、芸人としてのキャリアがあったわけでもない二人のアイドル的な人気もやがて下火になり、もともと芸人志向があったわけでもない森脇先生はコンビを解散すると副業だったサパークラブ経営に本腰を入れることになります。

ところが、いい加減な素人経営が仇となり数か月でサパークラブを閉鎖。
その後、森脇先生はアニメ制作会社などいくつかの会社のサラリーマンを経て、現在は輸入貿易会社の会社員をしているそうです。

ちなみに森脇先生がサラリーマンになったきっかけも、また漫画。
サラリーマン金太郎を読んでその影響を受けたそうです。

サラリーマン金太郎 第1巻
本宮 ひろ志
サード・ライン
2012-10-13


しかし、芸能人だった頃は一般人にチヤホヤされていた森脇先生も、自分が一般人になって働き始めてからは元芸能人ならではの”地獄”を経験したそうです。 

一つはヒッチハイクいじり。
例えば、職場の上司や同僚とタクシーに乗る際、人数が多いと必ず「森脇はヒッチハイクで来い」と言われるそうです。 
その度に、ヒッチハイクするマネをしてツッコむというノリツッコミをやるそうです。
ウケなくなるまで、延々とこのネタが振られるそうです。
 
二つ目は貧乏扱い。
芸能人をやめたので貧乏になったと勝手に思われているらしく、定食屋などに入ると、何も言っていないのに大盛りがサービスされるそうです。
森脇先生は少食なのでこれがツライそうです。 
 
三つ目は麻布。
芸能人がよく行く麻布・西麻布界隈には近づけないそうです。
未だに芸能人気取りと思われるのがイヤなのだそうです。

四つ目はカラオケ。
カラオケがある店に入ると、誰かしらが持ち歌の「白い雲のように」を入れるそうです。
歌ったところでさしてウケないのですが、経験上歌った方が楽なので曲がかかると歌うそうです。 

一つ一つは些細なことですが、これらが延々際限なくり返されると、まさに無間地獄でしょうね。 
 続きを読む