Halohalo online

ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:梅林秀行

今日は西陣に来ています。

a1

京都駅から北に6km。

a2

江戸時代のような町並み。

a3

本日のお題を予想。

a4

「織物の町・西陣はどうできた?」
ほぼ的中w

a5

西陣織は高級な織物のイメージ。

a6

結婚の儀で雅子様がお召しになっていた十二単は西陣織。

a7

赤坂の迎賓館 「花鳥の間」

a8

内装が西陣織。

a9

第139回 京都・西陣

a10

案内人は観光ガイドの鳥井光広さん。
西陣織ミュージアムにやってきました。

a11

西陣織の能衣裳。

a12

しげしげ。

a13

現代的な意匠だな。

a14

緯錦(ぬきにしき)。
紀元前200年頃の中国がルーツ。

a16

ビロード。
ポルトガル生まれの織物。

a15

もじり織。
かつて滅びた織り方を近代に蘇らせたもの。

a17

様々な織り方がある西陣織。

a18

西陣で織られれば、西陣織。

a19

西陣織の織り子さんの仕事場を訪問。

a20

やっぱりさっきのフクロウは現代人の作品だったんだ。

a21

見ているだけでも気が遠くなりそうな作業。

a22

水色の部分を織るときは…

a23

爪を使う。

a24

爪はヤスリで目立てをしてギザギザにする。

a25

爪掻本綴織(つめがきほんつづれおり)。

a26

西陣織の工程は細分化されている。

a30

西陣には各工程に特化した職人さんがいる。
焼酎のCMみたいだ…。

a27

なぜ西陣は”織物の町”になった?

a28

タモリさんたちは最初の案内人とお別れして、南東に約500メートル移動。

a29

次の案内人が待っていた。

a31

梅林秀行さんはブラタモリ8回目の登場。
京都の地形といえばこの人。

a32

応仁の乱の時、西の陣地があったから「西陣」。

a33

続きを読む

明治時代になると、京都の発展とともに新しい美が生まれます。

a2

タモリさんたちは白川沿いから北に500メートルほど離れた場所に向かいます。

a1

京都で人気の散策スポット、哲学の道

a3

哲学者の西田幾多郎がもの思いにふけりながら散策したのが名前の由来かな~?w

a4

テーマをおさらい。
「美しき”ニッポン”の始まりは東山の奥にあり!?」

a5

今日は鴨川と白川、2つの川を見てきた。

a6

2つの川は北から南に向かって流れているが、ここの流れは逆。

a8

これは人工の川(疎水)。

a9

この水は琵琶湖から来ている。

a10

明治23年、京都の近代化を目的に引かれた「琵琶湖疎水」。

a11

この水は灌漑や物資の運搬に使われ、

a12

さらに水力発電による日本初の路面電車を走らせた。

a13

そして、この琵琶湖疎水が日本の新しい美をもたらした。
タモリさんたちは琵琶湖疎水が流れ出てくる場所に移動します。

a14

勢いよく流れ出る琵琶湖疎水。

a15

ブラタモリが全国に行くようになった最初の回で琵琶湖疎水を紹介していた。

a16

タモリはその時宇多田ヒカルの物まねをしていたw

a17

実はこの辺りは政財界のそうそうたる面々の別荘地。

a18

しかし残念ながら、完全非公開。

a19

ブラタモリパワーで特別に許可をもらう。

a20

許可をもらったのは「對龍山荘」。

a21

タモリさんたちは200メートル移動して對龍山荘へ。

a22

對龍山荘:元薩摩藩士の別荘を呉服商人の市田弥一郎が改修
現在は大手インテリア会社(ニトリ)が所有している

a23

比叡山を借景にしている庭。
借景:外の自然を庭園の風景に取り込む手法

a24

對龍台:建物・庭園・自然が一体の景色になるように設計されている

a25

続きを読む

このページのトップヘ