Halohalo online

ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:志村秀明

昭和の東京を支えるエネルギー基地となった豊洲。

a1

しかし、時代の変化とともに工場はその役目を終えると次々と立ち退きました。

a2

平成に入ると、その跡地には再開発の波が押し寄せました。

a3

タモリさんたちは昔の姿をとどめている場所を探しに豊洲の街を歩きます。

a4

埋立地なのに坂道

a5

なつかしの円広志♪夢想花w

a6

(壁の)内側に何か守るべきものがあった?

a7

この壁は防潮堤だった。
人が住む住宅地帯と工場地帯の境に防潮堤を設置したのです。

a8

赤線(防潮堤)の端に水陸両用バスから見た「止めるぞ高潮 守るぞ都民」がある。

a9

豊洲在住40年の鹿取俊二さんが防潮堤と坂道の関係について説明してくれます。

a11

昭和30年頃までは平らだった。
ここは盛り土をした。

a10

昭和30年代初めに大きな台風がいくつか日本を襲いました。
その対策として考えられたのが盛り土。
工場地帯と住宅街を結ぶ幹線道路を防潮堤で遮ることはできないので、盛り土で幹線道路自体を上げて防潮堤代わりにしたのです。

a12

旧工場地帯に人が住めるようになったのは10年前。
今やこの有様。

a13

タモリさんたちは再び豊洲の中心に戻ってきました。
実はここには昭和の匂いが色濃く残る場所があります。

a11

ここが昭和へタイムワープする入口。

a14

路地を抜けると懐かしい感じの集合住宅が…。

a15

古い都営住宅は公園とセット。

a16

豊洲は短い期間で大きな変貌を遂げました。

a18

続きを読む

豊洲ふ頭の突端からスタート。

a1

オリンピック選手村建設中。

a2

東京タワー。

a3

都民でも割と知らない豊洲の位置。

a6

豊洲と現在位置確認。

a5

旅のお題は「TOKYOサポーターは豊洲にやってくる!?」。

a7

サポーターというとスポーツの下履きを思い出す古い世代w
そういえば水泳パンツの下にサポーターを履く人はいなくなったなあ。

a8

第121回 東京・豊洲

a9

最初にタモリさんたちがやってきたのは豊洲の中心、駅前のバスロータリーです。

a11

案内人は芝浦工業大学の志村秀明先生。

a10

豊洲名物水陸両用バス

a13

スクリューがついています。

a12

水陸両用バスで豊洲の歴史を探訪。

a14

昭和3年の東京湾の海図。
豊洲はまだできていない。

a15

昭和7年に豊洲の一部が完成する。

a16

昭和になってから埋め立てられたお台場。

a18

台場:
江戸時代に外国の船から江戸の町を守るためにつくられた
東京湾に浮かぶ砲台跡

a17

特設スロープから入水。

a21

スプラッシュマウンテンみたいだ。

a22

ザッ

a23

プーン。

a25

船になったバス。

a24

緑の島は何?

a27

東京港旧防波堤
昭和10年代につくられました。

a19

今は埋め立て地に挟まれていますが、昔は何もなく波から船を守っていました。

a26

谷積み:
石の寸法が違うものを組み合わせて積む石垣
構造的にとても頑丈

a28

防波堤は第三台場の先まで伸びている。
全長3.5km。

a29

昭和初期、東京湾を国際的な港にするため大規模な整備を行いました。
しかし、そのため東京の財政は大赤字となりました。

a30

続きを読む

このページのトップヘ