Halohalo online

ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:岡本太郎


甲賀の次は信楽ですが、なぜか先程の旧東海道に戻ってきました。

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昔の絵図を見ると、ここは「御壺置所」。

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江戸時代のある行事に壺(信楽焼)が使われていた。

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3代将軍徳川家光が始めたと言われるお茶壺道中。

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お茶壺道中:
駕籠に壺をのせて江戸から宇治に運び
将軍家が使用する宇治の茶葉を壺に詰めて江戸まで運ぶ

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お茶壺道中を歌った有名な歌がある。

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ずいずいずっころばし♪

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率直w

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「ずいずいずっころばし」の現代語訳。

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子供の頃、「ずいずいずっころばし」を一人でやっていたことを思い出すw

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信楽のテーマは「なぜ信楽焼は日本を代表する焼き物になった!?」。
タモリさんたちは信楽の中心地にやってきました。

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信楽といえばたぬき。

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いろんなたぬきを売っています。

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トトロっぽいたぬき。

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信楽のたぬきが有名になったきっかけは昭和天皇。

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信楽の人たちは昭和天皇の行幸(来訪)をたぬきの置き物を並べて出迎える。

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幼い頃たぬきの置き物を集めていた昭和天皇は感激してたぬきの和歌を詠んだ。

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信楽焼を認めていた千利休と岡本太郎。

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信楽焼の手榴弾と地雷。
戦時中金属が不足して陶器を使用していた。

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申し遅れましたが、案内人は滋賀県立陶芸の森の大槻倫子さんです。

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信楽焼の名産品は、たぬき、火鉢そして、汽車土瓶。

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子供頃ギリあったけど、いつの間にかプラスチック製になった。

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時代に合わせて様々な製品を生み出す変幻自在な信楽焼。

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お久しぶりのブラタモリ。

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湯畑から湧く温泉。

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湯畑を囲むひょうたん型の柵は、岡本太郎氏のデザイン。

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案内人は、草津町文化財調査委員の中沢孝之さん。

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岡本太郎は草津好きで、町の有力者と親交があったそうです。

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「(万博の)太陽の塔みたいなのはやめてね」とオーダー。
よく言えたなw

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草津を訪れた有名人たち。
木曽義仲もすごいけど、ルシウス・モデストゥスも…w

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旅のお題は「草津温泉が誇る最強の湯力とは?」。
ゆぢから?

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湯力① たっぷりの湯
草津の自噴湧出量はダントツ全国1位。

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約45℃の足湯。

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湯につけた足が赤くなるほど熱々。
湯力② アツアツの湯
源泉は52℃。

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湯畑の樋:
高温の温泉を外気に触れさせることで
適温まで自然冷却している

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草津温泉の湯とレモンの酸性度を比べてみる。

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レモンpH2.0
草津温泉pH1.5
草津の湯はレモンより酸性度が強い。
湯力③ ピリピリの湯

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草津温泉の湯力の秘密を探りに、タモリさんたちは草津温泉から西に3キロほど山を登った草津白根山の中腹にやってきました。

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熊も出るという山道を分け入った先には…

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案内人の東京工業大学の野上健治先生が待っていました。
このあたりは熊も硫化水素も出る危険地帯。

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溶岩堤防。

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溶岩堤防は流れた溶岩の両端が冷え固まったもの。

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アツアツ、ピリピリの湯は、火山ガスが作っていた。

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本白根山は約200万歳。

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歳を重ねるごとに山を形成する溶岩が風化。
水を通しやすい土壌に変化している。

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山に降った雨や雪が滲み込みやすくなっている。

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水を通さない粘土層が草津まであるため、溜まった水はマグマの火山ガスで温められて草津にいく。

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コーヒーは水を通しやすい本白根山の土壌。
サーバーは不透水層(粘土層)。
熱源はマグマの火山ガス。

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老いてなお意気盛んな本白根山。

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タモリさんたちは再び山の麓の温泉街に降りてきました。
湯泉が草津で湧いた奇跡の理由を探ります。

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温泉街の暗渠の先の川(湯川)。

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温泉が湧いて、それがそのまま川になることもあるそうです。

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