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ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:パソコン

2,3か月前ぐらいから、突然PCの電源が落ちるようになりました。

最初は、2,3日に1度ぐらいだったのが、日が経つにつれ頻度が増し、最近では1日に1,2度の頻度になってきました。
これはもうほっておくわけにはいきません。

調べてみると、PCの電源落ちの原因には次の4つがあるようです。

① CPUの高負荷による発熱

パソコンを使っていると熱が発生します。
その熱は内蔵されているヒートシンクやファンが抑えているのですが、これらの部品に埃(ホコリ)が溜まっているとうまく機能せず高熱が発生して電源が(自動的に)落ちてしまいます。

CPUは人間でいえば脳に当たる中枢ですから、知恵熱みたいなもの?

② 電源が壊れている、または電力不足

電源のパーツが壊れていたり、高負荷の作業(動画編集など)で電力の最大供給量を越えてしまうと、電力供給量不足で電源が落ちてしまいます。

昔はこういう電力供給量不足による停電はよくありました。

③ HDD(ハードディスクドライブ)の損傷

HDDが壊れるとデータを記録できなくなってしまう不良セクタができ、そのことが原因で電源が落ちてしまうようです。

④ ウイルス感染

ウイルスの種類によっては勝手に再起動を繰り返したり、電源が落ちしまうとういう症状が出るものもあるようです。 


まずは電源落ちの原因を特定することが第1段階です。

私も原因はわからなかったのですが、PCの電源落ちをググるうちに同じPCの機種(ノートパソコン)を使っている人が、クリーナーで排気(吸気)口を吸ったところ治ったという話を見つけたので、早速これを真似してみることにしました。
本当はホコリを除去するにはPCをいったんばらすのが正しいようなのですが、私が使っているPCの場合、分解が困難なのでホコリを取るとしたらこの方法しかありません。 

vaio
 これはVAIOの排気口と吸気口

ウチには古いが吸引力は強力な掃除機があります。
お隣のおばあちゃんのものだったのですが、あまりにもデカくて重いのでおばあちゃんは使いきれなくなってもらいうけました。
マルチ商法疑惑で一頃有名になったアムウエイの掃除機。

amway cleaner

アメリカ人はデカいし、家も大きいからこれでいいかもしれないが、日本人と日本の家には不向き

とにかくのこのバカデカ掃除機の吸引口をPCの排気(吸気)口にあて、スイッチオン。
1,2分やって、パソコンの電源を入れてみました。

すると起動するとしばらくして、一つのアプリケーションが勝手に立ち上がりました。
それを消して、インターネットに接続しようとすると、ブツッと電源落ち。
もう一度電源を入れてみましたが、同じ結果でした。

どうやら事態は悪い方向に進んでしまったようです。

勝手にアプリケーションが起動するという事は、PC自体に不調が生じてしまったということです。
私はこの状況を打開すべくいったんすべてチャラにすることにしました。
つまり、パソコンを初期状態に戻してのリカバリーです。
この方法はダウンロードしたアプリケーションがかなり削除されるので後が面倒なのですが、背に腹は代えられません。

ところが、初期状態に戻す途中で、またも電源が落ちてしまいました。
さらに2度トライしましたが、電源はだんだん早いタイミングで落ちるようになってきました。
事態は最悪です。
対処法を調べようにもインターネットも使えない。

もうこうなったらパソコンを修理に出すか、新しいものを買うしかないかもしれません。
安いPCだったし、しょうがないか…。

どうせダメなら、”毒食わば皿まで”私は事態を悪化させた掃除機でのホコリ掃除をもう一度やってみることにしました。
ムチャな試みかもしれませんが、どこかでホコリが中途半端な位置で引っかかって不具合を起こしているのかもしれないと考えたのです。

イチかバチかの勝負。
というより、何も手を打たなければ負けは決定です。

もう一度掃除機の吸引口をパソコンの排気(吸気)口に1分ほどあてがいました。

神様に祈りながら電源を入れて、回復設定に。
すると今まで回復過程8%までで電源が落ちていたのに、今度は8%を超えました。
とはいえまだ1割も行っていません、いつまた電源が落ちるかわからない不安の中で、私はじりじりしながらパソコンの回復作業を見守りました。
10、20、30…。
ノロノロとですが電源は落ちることなく回復作業を進め、2時間ほどかけてついに100%を達成しました。

初期状態に戻ったパソコンは勝手にアプリケーションを起動する事もなく、インターネットにつなげても電源が落ちることはありませんでした。
どうやら正常な状態に戻ってくれたようです。

機械音痴のムチャな試みでしたが、結果オーライという事で…。

そのうえこのリカバリーは嬉しいオマケもついていました。
おそらく常駐のセキュリティソフトなど負荷の大きいアプリケーションが削除されたせいか、パソコンの働きが格段に軽快になったのです。

作業が以前よりテキパキとできるようになり、しばしば電源落ちの原因になっていたオンラインゲームも、ストレスフリーで快適にできるようになりました。

私のパソコンの電源落ちの原因はホコリと詰めこみすぎたアプリケーションによる高負荷だったのかもしません。

参考になれば幸いです。








 


私がこの世で初めてコンピューターというものを目にしたのは…そう大学3年生、1980年代初頭でした。

ゼミの研究資料の整理に、コンピュ-ターを使ったのです。
その当時大学にはコンピューターは理学部の研究室にしか置いてありませんでした。
文系の私らはパンチカードというものを持参して、理学部の研究室に行きました。
パンチカードを理学部の学生に渡して、「お願いします」で業務終了。

punch
パンチカード 未だに意味不明だが、入試の時に見たような…

薄暗い研究室の奥の方にバカでかい灰色の機械が安置されているのが見えたのですが、あれがコンピューターだったのだと思います。

その後、大学の事務局と新しい学部棟にテレビのようなものをちらほら見かけるようになりました。
今思えばあれがパーソナル・コンピューター(パソコン)だったのでしょう。

大学を卒業して広告会社に就職しましたが、私はコンピューターとは無縁の日々を送っていました。
ですがマーケティングという部署にパソコンはありました。
マーケティングの人たちがよく「フロッピーが…」と口にしていたのは覚えています。
彼らが手にしていた薄い黒い板がフロッピーというものだとはわかりましたが、何に使うのかは皆目わかりませんでした。

私が本格的にパソコンに出会ったのは齢30の時でした。
ちょうどバブルが始まりだした頃でしょうか。

私は縁あって、教育ソフトの制作会社に就職しました。
ここで初めてパソコンというものを触ったのです。
かの有名なpc98。
戦闘機で言えばゼロ戦みたいな名機です。

PC-9801RA2

まだ二十歳にもならないおねえちゃんに、パソコンの手ほどきをしてもらいました。
パソコンの起動とキーボードの操作ぐらいですが、やっと自分も現代人の仲間入りをしたような気分でした。

この会社は半年ほどで辞めてしまったので、結果的にはお給料もらってパソコン教室に行っておったようなことになりました。

自分のパソコンを初めて所有したのはそれからしばらくしてからのことです。
姉がオフィスで使っていたパソコンをお下がりで譲り受けたのです。
マッキントッシュ・ポータブル。

macportable
当時は100万ぐらいしたらしい

上の写真は1989年に発売されたこいつ(手前)と2010年リリースのマックのノートブック(奥)です。
昔の人は大きかったんですね。

kyojin

画面は白黒で字と線しか見られなかったのですが、これで結婚後の新居を見つけました。
思い出深い一品です。

義理の妹夫婦がプログラマーをやっていたので、結婚祝いにまたまたお下がりのパソコンをもらいました。
デルというメーカーの一品です。
dell
1996~98年頃のDell製品

パソコンでゲームをするということを覚えたのはこの頃です。

images3HWVW8SV
トゥームレイダーシリーズは結局Ⅲが頂点かな

初めて新品のパソコンを買ったのは、2003年の春だったと思います。
富士通のFMV deskpower (20万弱だったと思う)。

fmv

テレビが見られるのがウリでしたが、結局これでテレビを見ることはほとんどありませんでした。
こいつは8年ほど使っていましたが、だんだん動作が重くなってくるのがしんどくなり、とうとう買い替えを決意しました。

そして、価格コムを見て驚いたのですが、高性能のノートパソコンが3万台で売っている時代になっていました。
FMVクンは廃棄するのも忍びなく(有料だし)、ネットで引き取り手を見つけました(あげくだ リサイクルユース情報)。

4トントラックで自宅に乗りつけたその人は千葉の農家の方で、電気自動車の制作もやっているという好奇心旺盛な人でした。 
ハードの中身を入れ替えて快適に動くようになりましたと、しばらくして報告を頂きました。

そして、現在私が使っているパソコンはこれです。
emachines

emachines E729Z
 
2011年購入で3万ちょっと。台湾のメーカーのものです。
価格が安い分、サポートが不十分という評価はありますが、今のところ問題はありません。

ただ、オンラインゲームなどをやるにはスペック不足で、もっとCPUが欲しいなどと、イッチョマエのことを考えています。

こうしてパソコンの歴史を振り返ってみると、価格と性能がすさまじい勢いで反比例していることが分かります。
パソコンのさらなる進化が楽しみですね。






私が子供のころ、21世紀のイメージと言えば、こんなでした。

21
 3年前の”未来”

車は空を飛んでいたし、道路は建築技術の発達により支柱レス。
ファッションはSFに出てくる宇宙人のようなぴっちりスーツです。

2014年現在、残念ながらこのような未来は存在してません。
車は相変わらず地上の道路を走り、交通事故も渋滞もあります。
まあ、ぴっちりスーツのファッションに関してはあまり残念ではありませんが。

しかし、半世紀ほど前の人たちが描いた未来予想図の中で当たらずとも遠からず、というものが二つあります。

surper jetter

そう、彼、未来少年スーパージェッターは腕時計型トランシーバーで愛車、流星号(もちろん空飛ぶよ)を呼び出しているのです。
この腕時計型トランシーバーは携帯電話やスマホに近いとも言えなくもありません。
最近は、スマートウオッチという、スーパージェッターの世界を実現したような商品も出てきました。

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それから、これ。

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コンピューターの発達は予想以上でした。
私が大学生の頃はコンピューターは理科系の学部の奥の部屋にある巨大な謎の機械でした。
社会人になってから数年して、私は姉からマックのポータブル・コンピューター(ノートパソコンの前身)を譲り受けましたが、進撃の巨人用かっ、というぐらい大型のポータブルでした。
それから毎年のようにパソコンは進化し続け、小型化高性能化が進みました。

macportable
手前が1989年発売マック・ポータブル、奥が2010年発売マック・ノートブック

そして、コンピューターと携帯電話の技術を融合したものがスマートフォン、なのかな(このへん自信ない)。

先日新年会の帰りに久々に夜11時ごろの山手線に乗りました。
昔の山手線の車内と何が違うのか、酔った頭でふとそんなこと考えてみました。
客の半数くらいがスマホかガラケーと睨めっこをしていること、昔は一車両に二人ぐらいいた泥酔状態のオッサンがいないこと。
そんなところです。


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