鳴門海峡からスタート。

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船からうず潮を見る。
いくつもあるんだ…。

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大きいもので直径20m。
海流の時速20㎞。

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太平洋側と瀬戸内海側の干満の差と海底の複雑な地形によってうず潮が生まれる。

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旅のお題は「鳴門が四国の玄関口になるとは?」

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四国と本州をつなぐ3つのルート。
神戸~鳴門のルートが交通量が最も多い。

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案内人は鳴門市市民環境部の森清治さん。

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鳴門は玄関口だけどみんな素通り?
立場上、断固否定する案内人w

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うず潮がある海の難所なのに、なぜ1000年も前から四国の玄関口だったのか?

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第129回 鳴門

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鳴門海峡から南に7キロ移動。

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撫養城(むやじょう)。

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現在位置。

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小鳴門海峡という。

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タモリにマンション買わせようとする市役所の人w

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実は小鳴門海峡こそが鳴門が玄関口になった理由。

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江戸時代の絵図。
多くの船はうず潮のある鳴門海峡を避け、海が穏やかな小鳴門海峡を通った。

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タモリさんたちは船を降りて、多くの旅人が最初に足を踏み入れた撫養の町にやってきました。

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撫養街道は四国全土につながる幹線道路。
この街道のスタート地点だったことも、鳴門が四国の玄関口になった理由の一つ。

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実はこのあたりはもともとは海。
足もとの悪い低湿地で街道を通しにくい場所だった。

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街道の脇道は下がっている。

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撫養街道は一段高い場所に通っているため、水はけがよく歩きやすくなっている。

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高い位置にある撫養街道。

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断層によって地面がずれ高まりができた。
撫養街道はその高まりの上を通っていた。

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ここはかの有名な中央構造線(知らんけどw)。

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全長1000km以上に及ぶ日本で最も長い大断層。

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中央構造線について熱弁をふるうタモリ氏。
ぜんぜんついていけてない林田アナw

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くっきりと見える中央構造線。

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解説は徳島大学の石田啓祐先生。
専門は地質学。
皆で中央構造線の上を歩きます。

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中央構造線上には聖地が多い。

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中央構造線の両側に山。

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山はもともとは繋がって一つだった?

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なぜここで山が切れたのか?

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四国の地質図。
中央が讃岐山脈。

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讃岐山脈は砂岩と泥岩が交互に重なっている。

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泥岩だった部分は浸食され、繋がっていた山が切れた。

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なぜここだけ泥岩と砂岩が交互に重なる地層になったのか?

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縞模様の地層の成り立ちを座布団で実験。

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座布団の厚みを泥岩と砂岩の地層に見立てる。

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タモリさんが持っているところが中央構造線。
南からのプレートに地層が押される。

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中央構造線の左横ずれが起きる。

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座布団実験は分かりにくいので、CGで補足説明。

讃岐山脈の地層にプレートの力が加わり押し上げられる。

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中央構造線が横ずれ運動をおこし、

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地層が曲がりながら上がっていく。

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小鳴門海峡も泥岩が多かったところが侵食されてできた。

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林田アナが珍しく鋭いことを言う。

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鳴門海峡の海底は起伏に富んだ複雑な地形。

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これも泥岩が多いところが潮流によって削られてできたもの。

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断層のおかげで鳴門は四国の玄関口になった、という事でいいのかな?

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徳島・鳴門②に続く