千本松牧場からスタート。

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タモリさんがふと気づいたこと。
森田と林田は「木」が一つ違いw

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今回のテーマは「なぜ那須は一大リゾートになった?」。

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案内人は那須塩原市那須野が原博物館の金井忠夫さん。
那須には年間1400万人の観光客が訪れるそうです。

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リゾート那須を支える4大要素は、酪農、温泉、レジャー施設、別荘。

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リゾート那須誕生に関係する手がかりを探るため、タモリさんたちは馬車で移動します。

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千本松牧場は東京ドーム178個分。

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広さを表すのに東京ドームを持ち出すのはいかがなものかw
確かにそうだけど、他にいい例えがなかなかない。

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巨大農場(千本松牧場)の中にある松方正義の別荘
松方正義は総理大臣を2度務めた明治政府の大物。

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明治政府の要人(華族)たちは那須で農場経営をしていた。

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農場を所有するのはヨーロッパ貴族のマネだった。

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農場は華族のステータスシンボル。

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那珂川の南側に約1万haの農場が開拓された。

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山手線の内側より広い。
1万haよりはわかりやすい?

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なぜこれだけ広大な土地が那須に残っていたのか?
その理由がわかる場所に来たのですが…。

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碍子(がいし):電柱や鉄塔に取り付けられる絶縁体

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碍子好きのお宅w

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見たことはあるけど、これを碍子というとは知らなかった。

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ガイシファンは数少ない。

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奥さんにしてみればガイシはゴミ同然。

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理解者が現れて感激の八木沢さんw

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このあたりの土地は石が多い。
耕作に適さないので、明治になっても広大な土地が残されていた。

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石が多い理由は扇状地(川が運んだ土砂や石が堆積してできた土地)。

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那須扇状地の広さは約4万ha。
山手線の内側が6個分。

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しかも、那須扇状地は水が地下深く浸みこんでしまい、中心部(ピンク色)は水が確保できない不毛の原野だった。

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不毛の原野でどうやって水を確保したのか?

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タモリさんたちは扇状地の中央を流れる川の近くにやってきました。

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那須疎水
明治18年、明治政府主導で造成を開始
那須扇状地の農地に灌漑用の水を供給した
水は高い場所を流れる川の上流から引いた

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華族ファーストで造られた那須疎水w

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タモリさんたちは一級河川の蛇尾川(さびがわ)にやってきました。

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水が無い。

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水を流してもどんどん浸みこんでいく。

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蛇尾川は扇状地特有の水無川。
水は地中を流れている。

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水無川だったから、疎水を通すのも楽だった。

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川に溝を横断させる(開削)。

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溝に石の管を入れる(地下水路の完成)。

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那須疎水によって華族の農場が本格化。
さらに避暑地として華族は那須に別荘を建てる。
那須は別荘地としてステータスが上がる。

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平成生まれは知らないギャグ。

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そういえば、田園調布の回でも星セント・ルイスのギャグを言っていたなw

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彼らも草葉の陰で喜んでいることでしょう。

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那須②に続く