遊覧船の黒船をバックにスタート。

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旅のお題を予想。

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初めて予想が当たる。

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黒船から呼びかける案内人の近持孝一さん。
市の観光課で長年地元の歴史を調べてきた郷土史家です。

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下田が「開国の地」となったキーマンはペリー。

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ペリーの肖像画。
天狗やんw

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1853年浦賀に来たペリー。
幕府に開国を迫る。

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翌年の1854年、日米和親条約締結。

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この条約により、下田は即時開港。
函館は翌年に開港。

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条約締結の3週間後、ペリーは下田にやってくる。

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ペリーが開港を要求した時、下田は含まれていなかった。

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下田は幕府が指定した地だった。

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幕府としては異人を江戸に近づけたくなかった?
ペリーは不満?

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実はペリーは議会報告書で下田を絶賛していた。

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ペリーは議会に忖度して良い報告をした?w

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ペリーが下田を気に入った理由を探しに下田の町に出てみましょう。

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今黒船の中にいますが、風が強いので船は出ません。
タモリさん残念!w

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子供の頃、夏は下田で海水浴が定番でした…。

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タモリさんたちは黒船を降り町の中心部へ。

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ペリーが来た当時からあった廻船問屋

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なまこ壁:
白い部分は漆喰
黒い部分は瓦
財力があることの証

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ペリーが来る14年前に作られた全国の繁華街の番付。

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最高位は京都と大阪。

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下田と浦賀は同格の行司。

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ペリー艦隊の記録。

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かいつまんで言うと、「下田はいいところ」と書いてある。

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下田は容易に燃料や食料を調達できる栄えた町だった。

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石の塀に興味津々。

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見たことない道路標識。

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このクランクは何?

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実はこのクランクは古い町と新しい町の境目。

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こうなっています。

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江戸時代にできた新しい町(ピンク)のおかげで下田は急速に発展。

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下田御番所:
江戸時代 人や荷物の検査を行った
幕府直轄の海の関所

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江戸に出入りする船はすべて下田に立ち寄ってチェックをうける。

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日本唯一の「海の関所」が下田を繁栄させました。

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入江の目の前にある関所跡地

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下田の伝統行事に隠された秘密とは?

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400年近い伝統がある下田八幡神社例大祭。

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ブラタモリのために特別に神輿を担いでいただく。

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お神輿は普通神社の氏子しか担げない。

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ここは飛び入り参加OK。
下田には旅人をもてなす文化がある。

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ペリー艦隊の記録にも下田の人はフレンドリーと書いてある。

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よそ者ウエルカムの町だったので、ペリーも居心地が良かった?

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次にタモリさんたちが向かったのは観光名所になっているペリーロード
実際にペリー艦隊が行進して下田の人々と出会った場所です。


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色っぽい匂いがする町並み。

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ペリーは嫌いじゃなかった?w

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貴重な資料を見に、お寺にお邪魔します。

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了仙寺
1635年下田奉行が創設
ペリー艦隊の応接所や交渉場所になった

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ペリー様ご一行は大人数だったので、置いてあるものを全部片づけた。

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ペリーはいい人だった説。

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メリケン(アメリカ)人下田港停泊の図。

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洗濯中。

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餅つき。

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地引網。

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楽しそうw

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下田町の婦人、異人をなぶる(からかう)の図。

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下田の人にはよそから来た人間を受け入れる気質が備わっていた。
土地柄、難破して下田にたどり着いた外国船が昔から多かったんだろうな。

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伊豆・下田②に続く