紀の川のほとりからスタート。

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高野山はあの鉄塔の向こうの山らしい。


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高野山は、一言でいえば山の上の宗教都市。

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高野山大学に興味があった近江アナw

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旅のお題は「高野山は空海テーマパーク!?」。

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案内人登場。
高野山大学で密教文化を研究している木下浩良さん。

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近江アナ、憧れの人にご対面w

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空海(弘法大師)は超優秀な人だったらしい。

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語学、医学、薬学、土木工学と、あらゆる分野で才能を発揮した空海。

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空海はいわば日本のレオナルド・ダビンチ。
天才です。

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そういえば、讃岐うどんの回で、うどんは空海が広めたと地元の人は言っていた。
全国各地に残る弘法大師伝説。

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脱線中w

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空海は高野山で理想の寺を開いた。
空海を継ぐ人たちによって、”空海テーマパーク”ができていった。

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高野山に向かうルートは7つある。

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今回は空海が歩いたといわれる正式なルートを紹介します。

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タモリさんたちは川を渡って正式ルートのスタート地点を目指します。

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船着き場跡地。
昭和30年代まで船があったそうです。

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江戸時代の絵図を見ると、正式な参詣道のスタート地点にいることがわかります。

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絵図に描かれた白い塔(?)がスタート地点の印。

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タモリさんたちは船着き場から参詣道を歩いて慈尊院に移動。
実はここに絵図の塔が移されています。

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これがそう。
下乗石といいます。
下乗とは「乗物から降りなさい」の意味。

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もともとは3m以上あったらしいのですが、上の部分しか残っていません。

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駕籠や馬で来た人たちも下乗石からは自分の足で歩かなければならない。
ここから聖なる世界(空海テーマパーク)が始まりますよという印が下乗石。

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高野山に初めて参詣ができた後宇多上皇は下乗石の前で涙を流して喜んだ。
そして、生まれて初めて草履を履いて参詣道を歩いた。

下乗石は空海テーマパークの最初の仕掛けと言えます。

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神社の石段を登っていくと、さらなる仕掛けが待っています。

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この石碑。

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百八十町と書いてある。
1町=約110m
180町=約20km

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ここから高野山の中心まで180町ある。
1町ごとに180本の道標(町石)が参詣道に並んでいます。

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1町先に179町の町石発見。

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参拝客たちは町石をカウントダウンしながら高野山を目指し前に進むことができる。

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さらに町石は五輪塔の形をしている。
五輪塔:空風火水地の5つの要素で宇宙の成り立ちを表わした仏塔。

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空海がもたらした密教の中心となる仏様は大日如来。
五輪塔は大日如来のシンボル。
ゆえに、町石は仏様そのもの。

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先ほど登場した後宇多上皇は町石の一本一本を時間をかけて拝んで進んでいたが…

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何せ初めて草履を履いたような人なので、途中で気絶してしまった。

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この町石が建てられたのは文永6年(1269年)。
ちょうど元寇があったころ。

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文永弘安の役(元寇):鎌倉時代に元(モンゴル)が日本を来襲したこと
この町石には鎮護国家の意味が込められていたのかもしれない。

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昔の人は町石を拝みながら自分の罪や穢れを落としてゆき、極楽浄土を目指した。

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人を蹴落とした。
悪口を言った。
酒ばっかり飲んでいた。
家族につらくあたった。
次々と出てくる現世の罪w

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この道に一歩足を踏み入れればもう地獄には行かないという、魅力的なシステムw

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地獄行きを免れたw

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次の町石を目指しながら歩けば、歩く活力も湧いてくる。
これも空海テーマパークの仕掛けの一つ。

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175町の町石まで歩いたタモリさんたち。
このまま高野山まで歩くと6時間かかる。

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さすがにずっと歩くのは無理。

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ということで、ここからは車で一気に登ります。

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高野山②に続く