神戸・北野からスタート。

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タモリ「ここは京都の北野というところで…」
近江「あ、神戸です!」 
 
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行き先を言われずホテルから連れてこられるので、混乱するようですw 

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神戸の北野は異人館で有名。
異人館:幕末から昭和初期にかけて建てられた西洋風の住宅

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異人館なのに和風?

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今回のお題は「神戸はなぜ”ハイカラ”なのか?」

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近江アナの髪型も今日はおしゃれ。

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最初の案内人は神戸大学の小代薫さん。
神戸の街づくりを研究しています。

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ハイカラとはハイカラー(high collar)。
襟の高いシャツが洋風でしゃれていた。

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和と洋が混ざった文化がハイカラ。

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六甲の山のふもとにある神戸市北野。
たくさんの異人館が建ち並び、年間100万もの観光客が訪れます。

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明治30年代に建てられた異人館

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ベランダあたりが特徴的。

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昭和初期の異人館を訪問。
タモリさんと同じ森田さん。

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まさに「一」字違いw

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昔の異人館の雰囲気をそのまま残したリビング。

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洋館になじめるか不安で、改装する際あえて和室を作ったそうです。
 
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床の間は元はクローゼット。

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 畳の上で西洋文化を語る。

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異人館が建てられたのは、150年前の開港がきっかけ。

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では、開港前の北野はどんな様子だったのか。
まず、道はまっすぐではない。

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坂を登ると、神社がある。
北野天満神社:平安時代の終わりに平清盛が建てたと伝えられる神社

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神戸のハイカラのシンボル、風見鶏の館
 
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風見鶏の館の地下室。

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地下室から外に出ると、半地下になっていることが分かりました。

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江戸時代の絵図を見ると、北野天満神社の横は池だった。

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水を抜いた池の上に異人館を建てたので、半地下になっていた。

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池はため池、つまり農業用水。

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明治ごろの写真。
段々畑の中に異人館がぽつぽつと建っています。

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つまり、農村の中に外国人が入って家を建てていた。

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横浜や長崎のように、幕末に開港した港には外国人だけがまとまって住む場所ー外国人居留地があった。
 
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神戸にも外国人居留地があった(ピンク色の部分)。

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しかし、その外側にも外国人が住んでいた。

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日本人と外国人が住んでいる場所(黄色)は雑居地と呼ばれた。
神戸ではかなり広い範囲が雑居地として認められた。

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明治21~24年調査 外国人の人口
雑居地にたくさんの外国人が住んでいたのは神戸だけ。

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なぜ神戸だけに大きな雑居地ができたのか?
その理由は外国人居留地に行くとわかります。

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居留地で150年間使われている地番。
今でも住所として使われています。

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69の次は68。

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67。

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次は25!?

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一つ飛んで13。

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 地番は並んでいたりバラバラだったりする。

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地番が不規則な理由は神戸開港のタイミングと関係がある?

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神戸開港は横浜・長崎・函館より8年半遅れている。
京都に近かったので朝廷からの勅許がなかなか下りなかった。

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本来居留地は整然と番号を振り、一括で造成して外国人に引き渡します。

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神戸開港が幕末の動乱期と重なってしまった神戸は、造成が間に合いませんでした。
そこで、造成しやすそうなところに番号を振って、できた順に外国人に引き渡しました。

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居留地の造成が遅れたため、神戸には広大な雑居地が認められたのです。

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 広大な雑居地を許可した理由は、神戸の地形を見るとわかる。
小代「これから地形が見えるところに向かいたいと思います」 
タモリ「…地形…見れる所って…高い所じゃないでしょうね?」w

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神戸はなぜ”ハイカラ”なのか?②
に続く