オープニングは中尊寺から。
中尊寺は2011年に世界遺産に登録されました。

焼香を食べたサンコンさんの話w

今日のテーマは「黄金の都・平泉はなぜ栄えた?」
平泉といえば、奥州藤原氏(1087~1189)。
3代(清衡・基衡・秀衡)にわたり100年の栄華を誇りました。

平泉文化遺産センター館長の千葉信胤さんが最初の案内人。
マルコポーロは「東方見聞録」で日本を黄金の国として紹介した。
そして、その黄金の国が平泉だった?

一行は金色堂にやってきました。

本尊の阿弥陀如来。
金をふんだんに使い極楽浄土を表現しています。

高級木材の紫檀。
木材の縁の装飾は象牙。

紫檀は別名ローズウッド。
バラの香りがするらしい。

紫檀は東南アジア産。
象牙はアフリカ産(?)。
平泉は海外との交易が盛んだった?

続いてタモリさんたちがやってきたのは中尊寺の境内の北の端。
中尊寺の立地を確認します。

ここは東西に1㎞も続く崖のヘリ。
大和朝廷の東北進出(蝦夷討伐)といえば、坂上田村麻呂。

この崖を境にして、大和朝廷と地元の豪族は300年にわたる戦いを続けました。
1087年、長い戦いの末に奥州を統一したのが藤原清衡でした。

藤原清衡はかつての国境だったこのヘリを東北統一の拠点としたのです。

次にタモリさん一行は、奥州藤原氏の政治拠点(柳之御所遺跡)に移動します。
かつての汚物廃棄穴(トイレ?)を見学。

ここで肛門談義。
タモリ説では、二足歩行で人間は大便の後に肛門が汚れるようになった。

この御所跡のすぐそばを東北一の大河、北上川が流れています。
当時貴族たちには、オオワシの矢羽がたいへん人気がありました。
蝦夷地はオオワシの産地。
清衡は北で獲れるオオワシの羽を北上川の水運を使って運ばせたのです。

そして、南からは象牙など世界の貴重な品々が運びこまれました。
清衡は国境を南北を結ぶ交易の場として生まれ変わらせたのです。

さらに、北上川を挟んで東と西では地質が全く違う。
特に東側の地質によって平泉は繁栄した。

ということで、タモリさんたちは北上川の東側にある北上山地に移動します。
案内をしてくれるのは東北大学の永広昌之先生。

近江アナ速攻で化石発見。
腕足類と呼ばれる貝に似た生き物の化石。

また化石を見つけてご機嫌の近江アナw

中尊寺は2011年に世界遺産に登録されました。

焼香を食べたサンコンさんの話w

今日のテーマは「黄金の都・平泉はなぜ栄えた?」
平泉といえば、奥州藤原氏(1087~1189)。
3代(清衡・基衡・秀衡)にわたり100年の栄華を誇りました。

平泉文化遺産センター館長の千葉信胤さんが最初の案内人。
マルコポーロは「東方見聞録」で日本を黄金の国として紹介した。
そして、その黄金の国が平泉だった?

一行は金色堂にやってきました。

本尊の阿弥陀如来。
金をふんだんに使い極楽浄土を表現しています。

高級木材の紫檀。
木材の縁の装飾は象牙。

紫檀は別名ローズウッド。
バラの香りがするらしい。

紫檀は東南アジア産。
象牙はアフリカ産(?)。
平泉は海外との交易が盛んだった?

続いてタモリさんたちがやってきたのは中尊寺の境内の北の端。
中尊寺の立地を確認します。

ここは東西に1㎞も続く崖のヘリ。
大和朝廷の東北進出(蝦夷討伐)といえば、坂上田村麻呂。

この崖を境にして、大和朝廷と地元の豪族は300年にわたる戦いを続けました。
1087年、長い戦いの末に奥州を統一したのが藤原清衡でした。

藤原清衡はかつての国境だったこのヘリを東北統一の拠点としたのです。

次にタモリさん一行は、奥州藤原氏の政治拠点(柳之御所遺跡)に移動します。
かつての汚物廃棄穴(トイレ?)を見学。

ここで肛門談義。
タモリ説では、二足歩行で人間は大便の後に肛門が汚れるようになった。

この御所跡のすぐそばを東北一の大河、北上川が流れています。
当時貴族たちには、オオワシの矢羽がたいへん人気がありました。
蝦夷地はオオワシの産地。
清衡は北で獲れるオオワシの羽を北上川の水運を使って運ばせたのです。

そして、南からは象牙など世界の貴重な品々が運びこまれました。
清衡は国境を南北を結ぶ交易の場として生まれ変わらせたのです。

さらに、北上川を挟んで東と西では地質が全く違う。
特に東側の地質によって平泉は繁栄した。

ということで、タモリさんたちは北上川の東側にある北上山地に移動します。
案内をしてくれるのは東北大学の永広昌之先生。

近江アナ速攻で化石発見。
腕足類と呼ばれる貝に似た生き物の化石。

また化石を見つけてご機嫌の近江アナw

ここではアンモナイトの化石も見つかる。
ということは…?

3億以上年前のデボン紀の地層。
日本列島ができたのが2000万年前ですから、かなり古い地層です。

北上川の西側が2000万年前の地質。
そして、東側は1~5億年前の地質。

この古い地層から平泉の繁栄を支えた”金”が生まれ、北上山地は砂金の宝庫になりました。

しかし、なぜ大量の砂金が採れたのでしょう?
その謎を解くため、タモリさん一行は観光地(猊鼻渓)に移動します。

舟遊びを楽しむお爺ちゃんと孫娘w

砂金採取?

キラキラ光っているのは金ではなく雲母でした。

磁石で砂鉄を採る。

砂鉄大好き近江アナw

砂鉄と雲母の元は花崗岩。
北上山地は花崗岩が多く、金は花崗岩のヘリにできやすい。

地下5000mにある花崗岩は長い時間をかけて隆起と浸食を繰り返し地表に現れます。

そして、雨や風で風化し、砂金が流れます。

こうして平泉の東側一帯が金の産地となりました。

黄金の都・平泉はなぜ栄えた?②に続く
ということは…?

3億以上年前のデボン紀の地層。
日本列島ができたのが2000万年前ですから、かなり古い地層です。

北上川の西側が2000万年前の地質。
そして、東側は1~5億年前の地質。

この古い地層から平泉の繁栄を支えた”金”が生まれ、北上山地は砂金の宝庫になりました。

しかし、なぜ大量の砂金が採れたのでしょう?
その謎を解くため、タモリさん一行は観光地(猊鼻渓)に移動します。

舟遊びを楽しむお爺ちゃんと孫娘w

砂金採取?

キラキラ光っているのは金ではなく雲母でした。

磁石で砂鉄を採る。

砂鉄大好き近江アナw

砂鉄と雲母の元は花崗岩。
北上山地は花崗岩が多く、金は花崗岩のヘリにできやすい。

地下5000mにある花崗岩は長い時間をかけて隆起と浸食を繰り返し地表に現れます。

そして、雨や風で風化し、砂金が流れます。

こうして平泉の東側一帯が金の産地となりました。

黄金の都・平泉はなぜ栄えた?②に続く
コメント