昭和40年頃、住所表示制度の施行によって、東京の古い地名はごとごとく消えてゆきました。
中でも台東区浅草は多くの旧地名が消えた場所。

今回は”失われた地名の痕跡”を探して、浅草の町を徹底調査します。
アドバイザーは地図研究家の今尾恵介さん。

ゲストは東京03のお三方。
ブラタモリ企画なら、テレ朝の女子アナを呼んでガッツリパクッてほしかったw

一行が今いる場所は浅草4丁目の富士公園ですが、旧地名は”象潟(きさかた)”。

新旧の地図で比較すると、浅草3~5丁目は旧地名象潟1~3丁目。

そもそも象潟は江戸後期に地殻変動で消滅した本庄藩(現在の秋田県)の景勝地。

上は現在の秋田県象潟地域。
地殻変動以前は田んぼのところが潟湖で緑の部分が小島だったそうです。
江戸時代、本庄藩藩主六郷氏の下屋敷が浅草寺の北側にあったことにちなみ、明治5年このあたりは象潟という地名になりました。
そして、昭和41年に住所は浅草に変更されました。

ということで、タモリ一行は今は亡き象潟の名残りを探します。
で、割とあっさり発見。

今尾先生によると、消火器は旧町名の宝庫なんだそうです。

電柱にも発見。

町内会の掲示板にも堂々と…。

ポスターには象潟のロゴのようなものまであり、地元住民の旧地名への愛着が感じられます。

わざとらしく一行を誘導する東京03飯塚。
ロケハンしたスタッフにあらかじめ痕跡を教えられている疑惑w

で、飯塚の導きに従うと…
お店の看板に”象潟”

老舗のカリントウ屋さん。

象潟の名を冠した商品発見。

そして、ついに象潟の総本山、象潟町内会の建物。
六郷氏下屋敷跡地だそうです。

一行は自転車に乗る和服のオバサンにからむが、ほぼ無視されるw

象潟町会長がお出迎え。

中でも台東区浅草は多くの旧地名が消えた場所。

今回は”失われた地名の痕跡”を探して、浅草の町を徹底調査します。
アドバイザーは地図研究家の今尾恵介さん。

ゲストは東京03のお三方。
ブラタモリ企画なら、テレ朝の女子アナを呼んでガッツリパクッてほしかったw

一行が今いる場所は浅草4丁目の富士公園ですが、旧地名は”象潟(きさかた)”。

新旧の地図で比較すると、浅草3~5丁目は旧地名象潟1~3丁目。

そもそも象潟は江戸後期に地殻変動で消滅した本庄藩(現在の秋田県)の景勝地。

上は現在の秋田県象潟地域。
地殻変動以前は田んぼのところが潟湖で緑の部分が小島だったそうです。
江戸時代、本庄藩藩主六郷氏の下屋敷が浅草寺の北側にあったことにちなみ、明治5年このあたりは象潟という地名になりました。
そして、昭和41年に住所は浅草に変更されました。

ということで、タモリ一行は今は亡き象潟の名残りを探します。
で、割とあっさり発見。

今尾先生によると、消火器は旧町名の宝庫なんだそうです。

電柱にも発見。

町内会の掲示板にも堂々と…。

ポスターには象潟のロゴのようなものまであり、地元住民の旧地名への愛着が感じられます。

わざとらしく一行を誘導する東京03飯塚。
ロケハンしたスタッフにあらかじめ痕跡を教えられている疑惑w

で、飯塚の導きに従うと…
お店の看板に”象潟”

老舗のカリントウ屋さん。

象潟の名を冠した商品発見。

そして、ついに象潟の総本山、象潟町内会の建物。
六郷氏下屋敷跡地だそうです。

一行は自転車に乗る和服のオバサンにからむが、ほぼ無視されるw

象潟町会長がお出迎え。

ここから2チームに分かれ象潟探し対決。

最初の問題は10段階で難易度3キサカタ。

ゲーム開始。

早速タモリさんが、掲示板を発見。
しかし、これは引っかけ。
ゾウサン町会は象潟三丁目の略。
子どもが喜びそうw

続いて、またも負けず嫌いのタモリさん発見。

小料理屋の看板。
これが正解。

”象三”が不正解で、”きさがた”が正解。
ビミョーな出題w
次は難易度上がって6キサカタ。

今度は今尾先生が正解。
旧住所のままの表札。

今尾先生は目黒区で「東京府 荏原郡 目黒町」という表札を発見したことがあるそう。
この旧住所は昭和7年より前ということになるそうです。

タモリチームは電柱の象潟も発見したのでトータル10キサカタ。
東京03チームは、0キサカタ。
よって最後の問題は、バラエティお約束の難易度11キサカタ。

結局タモリさん発見。
そば屋さんの看板。

女将がタモリさん”だけに”イチゴをプレゼントw

台東区内の他の旧町名も調査。

今の浅草6丁目は旧猿若町。

江戸時代、このあたりには芝居小屋があったそうです。

”猿若”という町名は、江戸歌舞伎の始祖、猿若勘三郎にちなむと言われているようです。

東京03の豊本&角田がすでに猿若の痕跡を探すロケに行っていました。

整骨院の店名に猿若が。

着付け・茶道教室の名前にも。

和風レストラン「若」。
これは猿若の”若”?

ご主人に確認したところ、猿若の”若”でした。

このお店には「猿若のりカツロール」もありました。

現在の北上野2丁目はかつての山伏町。

北上野2丁目の町内会の建物は「山伏会館」。

現在の浅草2~6丁目、花川戸1~2丁目は旧町名、馬道。

カラオケ屋さんにその痕跡が残っていました。

平均年齢が高そうなステージ付きのお店。

ところで、先ほどの”象潟探しゲーム”に優勝したタモリチームには、

象一町会、象潟町会、象三町会の3会長の直筆サイン入り色紙が授与されましたw

最初の問題は10段階で難易度3キサカタ。

ゲーム開始。

早速タモリさんが、掲示板を発見。
しかし、これは引っかけ。
ゾウサン町会は象潟三丁目の略。
子どもが喜びそうw

続いて、またも負けず嫌いのタモリさん発見。

小料理屋の看板。
これが正解。

”象三”が不正解で、”きさがた”が正解。
ビミョーな出題w
次は難易度上がって6キサカタ。

今度は今尾先生が正解。
旧住所のままの表札。

今尾先生は目黒区で「東京府 荏原郡 目黒町」という表札を発見したことがあるそう。
この旧住所は昭和7年より前ということになるそうです。

タモリチームは電柱の象潟も発見したのでトータル10キサカタ。
東京03チームは、0キサカタ。
よって最後の問題は、バラエティお約束の難易度11キサカタ。

結局タモリさん発見。
そば屋さんの看板。

女将がタモリさん”だけに”イチゴをプレゼントw

台東区内の他の旧町名も調査。

今の浅草6丁目は旧猿若町。

江戸時代、このあたりには芝居小屋があったそうです。

”猿若”という町名は、江戸歌舞伎の始祖、猿若勘三郎にちなむと言われているようです。

東京03の豊本&角田がすでに猿若の痕跡を探すロケに行っていました。

整骨院の店名に猿若が。

着付け・茶道教室の名前にも。

和風レストラン「若」。
これは猿若の”若”?

ご主人に確認したところ、猿若の”若”でした。

このお店には「猿若のりカツロール」もありました。

現在の北上野2丁目はかつての山伏町。

北上野2丁目の町内会の建物は「山伏会館」。

現在の浅草2~6丁目、花川戸1~2丁目は旧町名、馬道。

カラオケ屋さんにその痕跡が残っていました。

平均年齢が高そうなステージ付きのお店。

ところで、先ほどの”象潟探しゲーム”に優勝したタモリチームには、

象一町会、象潟町会、象三町会の3会長の直筆サイン入り色紙が授与されましたw



コメント
コメント一覧 (3)
御徒町や田原町や三河島のように駅名で残る地名もあれば、象潟のように駅名にもならず消滅した地名もあるとは。
もし雑多な地名がたくさん残っていたら郵便番号が7桁化された時は京都市中心部のように企業個別番号みたいな8000番台の郵便番号
(企業個別番号は原則8000番台だが、相模原市は5000番台、さいたま市は9000番台という例外がある)
が割り当てられたかも知れません。
象潟は秋田県にかほ市象潟町が由来なのは想像通りです。
東京都心の地名は北海道の北広島市・新十津川町と同様に開拓者の出身地や姓を由来とするのが多く感じます
(北広島市は広島県からの、新十津川町は奈良県十津川村からの移民が開拓)。
有名なのは上野で藤堂家の三重県伊賀市(旧・上野市)が由来です。
あまり知られていないのでは、
渋谷も神奈川県大和市発祥の渋谷家が由来だったり
(大和市に高座渋谷駅がある)、
江東区の佐賀は九州の佐賀市が由来だったり、
高田馬場の高田は新潟県上越市の旧高田市が由来だったり、
豊島区等の豊島は大阪府池田市発祥の豊島(てしま)氏が由来だったり
(池田市も豊島郡に属した。池田市の隣の豊中市は豊島郡の中央が由来であり現在の豊能郡は豊島郡と能勢郡の合成)。
中央区の佃は大阪市西淀川区の佃からの移民が開拓したとか。
大阪市でも西区は阿波座や土佐堀や肥後橋といった旧国名地名がいくつかありますが、
阿波座は徳島県、土佐堀は高知県、肥後橋は熊本県が由来です。
東京03メンバーは東京03地域出身含有率も東京都出身含有率も33.3%ですが。
TOKIOは東京都出身含有率20.0%どころか東京03地域出身含有率は0%です。
もし3年遅くデビューしメンバーもあと3人増えていたら大阪06だったかも知れません。
ウチの地元も公園、歩道橋、地蔵などに旧地名が遺されていました。
地名は、はまると面白そうですね。