Halohalo online

ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:1月2日

今回は水が気になる鶴瓶師匠。

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安倍晴明がひらいたと伝えられるありがたい井戸の水?

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近所で確認。

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残念でしたw
安倍晴明の井戸はもう枯れているそうです。

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面白いばあちゃんに遭遇。

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高齢者ギャグw

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確かに福岡の人は笑いを取りに来る人が多い。

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榎社を後にしてさらに古代の道を北進。

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古代の道は大宰府政庁につながっていた。

大宰府政庁:
7世紀後半に設置された巨大な行政機関
九州の統括と外交の窓口を担う。
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古代の役所を表す場合は大宰府。
現在の地名を表す場合は太宰府。

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大宰府跡の石碑は「太」だった。
区別をするようになったのは最近だそうです。

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VRで当時の大宰府政庁を見る。

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こんな風に見える。

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京から大宰府に赴任した長官になってみるw

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大宰府の長官は超エリートコース。

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ここに大宰府政庁を設置したのは背後の山(四王寺山)がポイント。

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タモリは何でも知っている。

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大陸からの侵攻に備えて大野城を築いた。

大野城:
周囲8㎞以上の城壁を持つ
日本最大の古代山城

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しかも大宰府政庁のぐるりを川が囲んでいた。

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碁盤の目状に区切られていた大宰府の街。

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ちょうどその頃、鶴瓶師匠は車で大宰府政庁跡を通過。

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ここでもしゃべりが達者なじいさんに遭遇。

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ボケ倒してくるw

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一方タモリさんたちは大宰府政庁から西へ2キロほど離れたところへ移動。

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1300年以上前に築かれた巨大な土塁、水城(みずき)。

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古代の大宰府は大野城に水城と鉄壁の防御網を備えていた。

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ドローンで上空から撮影。

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左側が大宰府政庁。

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全長1.2km。

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太宰府天満宮からスタート。

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収録は11月。

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タモリさんは地元(福岡)なので子供の頃何度も来ていた。
今回は50年ぶりの来訪。
変わったのは外国人観光客の増加。

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集合地に向かう笑福亭鶴瓶師匠。

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地理に興味がないので、ブラタモリをバカにしているw

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合流。

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旅のお題は「なぜ大宰府は”ありがたい”?」

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タイトル。

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スタジオトークはこの4人でお送りします。

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口から出まかせを言う鶴瓶w

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最初の案内人は太宰府天満宮の禰宜、味酒安則さん。

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太宰府天満宮が祀る神様、菅原道真(845~903)。
学者出身ながら右大臣まで登りつめるが、権力闘争に巻き込まれて太宰府に左遷。

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同じ痛風持ちなので案内人を気遣う。
高齢化社会の番組らしいw

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次の案内人は太宰府天満宮宮司の西高辻信良さんと息子の信宏さん。
二人は菅原道真の子孫。
鶴瓶師匠は信良さんと40年以上前のラジオ番組で共演したことがある。

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学問の神様の総本家なので、受験のプレッシャーがハンパないw

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ここ(太宰府天満宮)を見てちょっと変わっているところは?

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鶴瓶もあきれる林田アナの珍解答w

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正解は建物を突き抜けているクスノキ。

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境内を拡張する際、クスノキを切るわけにいかなかったので、そのまま木を取り込んで造営したそうです。

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太宰府天満宮はクスノキの原生林の中に造られた。

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太宰府天満宮の本殿は菅原道真のお墓。

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明治までお墓を守る宿直(とのい)のスペースがあった。

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道真の遺体を牛車で運ばせ、牛が止まった場所(クスノキの原生林)を道真の墓とした。

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その牛を引っ張っていたのが禰宜の味酒さんのご先祖。

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黒い砂と茄子の関係を知るため、タモリさんたちは三保半島の折戸地区にやってきました。

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こちらのお宅に三茄子のルーツがある?

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ビニールハウスのナス畑。

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折戸茄子こそ三茄子のルーツ。

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ナス畑の黒い砂地にはメリットがある。


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三保の黒い砂は太陽の光で暖まりやすい。

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ゆえにほかの地域より1,2か月早く茄子の収穫ができた。
初物を喜ぶ江戸時代には、どこよりも早く収穫できる折戸茄子は貴重で人気の品だった。

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家康曰く、「初茄子価(値)貴く」

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家康は高いものを三つ(富士山、足高山、初茄子)並べていた。

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家康は、毎年初物の折戸茄子を500個献上させていた。
当時の折戸茄子は小さい。

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5個で1両。

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べらぼうに高い茄子。

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折戸茄子をまず生で試食。
リンゴのような甘さがある。

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次は油で炒めたのをいただく。

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タモリ「これうまいよ」

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みずみずしくて甘い折戸茄子。

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最後の茄子が美味しくて、それまでのことが吹き飛んでしまったw

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最後に鶴瓶師匠と合流。

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久能東照宮の畳を手掛けた畳屋さんの家。

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タモリ、お父さんのダブル帽子をいじるw

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飛翔する鷹。

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タモリさんたちは本物の鷹と二鷹の関係を探ります。

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鷹匠の佐藤将寛さん。

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鷹アップ。

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家康の鷹狩り好きは有名だった。

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タモリさんと鶴瓶師匠の鷹匠体験。

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おっかなびっくりw

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呼ぶと戻ってくる。

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家康は鷹狩りが大好きだったが、二鷹のルーツはこの鷹ではない!?

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江戸の時代の書物(甲子夜話)に家康が話したとされる言葉が書いてある。
「高キハ富士ノ山ナリ、ソノ次ハ足高山ナリ…」

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右手にぼんやり見えるのが足高山。
二鷹のルーツは山だった。

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現在足高山は「愛鷹山」と書きますが、足高山の「二高」が「二鷹」に変わったことと関係があるのかもしれません。

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家康が鷹好きだったことを知るために、タモリさんたちは家康とゆかりの深い久能山に向かいます。

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ロープウェイのドアにも徳川家の葵の御紋が。

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タモリさん、前よりは高所になれた?

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久能山東照宮。

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東照宮というと、普通日光を思い浮かべるが、一番初めに作られた東照宮はここ。
東照宮:家康をまつる神社

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東照宮は全国各地に50社以上ある。

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家康は自らの遺体を久能に埋葬するようにと、遺言しています。

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いつものように賽銭を借金するタモリさんw

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社殿正面にある唐門に、家康の鷹好きを示すものがある。

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門に施された鷹の彫刻。

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裏に回ると鷹の顔がある。

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家康の鷹好きを有名にしたのは、この山門の彫刻なのかもしれません。

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鶴瓶、退屈のあまり通行人を襲うw

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三茄子についてはこの久能山の参道でわかる。

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鶴瓶師匠、ここで離脱宣言。
本来の仕事に行きます。

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久能山東照宮正面入り口。

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柵の下は断崖絶壁。

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案内をするのは静岡大学の小山真人先生。
この崖と茄子は関係がある?

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静岡県・三保の松原からスタート。

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実際の景色は曇っていて富士山が見えないw

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今回はブラタモリと鶴瓶の家族に乾杯のコラボ番組です。

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鶴瓶師匠遅れて登場。

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早速鶴瓶をディスるタモリw

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旅のお題は「”一富士・二鷹・三茄子”ルーツは三保にあり!?」

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3ショット。

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改めてスタジオから「あけましておめでとうございます」。

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初夢に見ると縁起が良いとされる「一富士・二鷹・三茄子」。
なんで三は茄子なのか?

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三保に戻ります。

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案内人は郷土史家の渡邊康弘さん。

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富士山はもちろん、鷹も茄子も三保が関係している。

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「初夢見立て」という喜多川歌麿作の浮世絵。
三保の松原を背景に富士山・鷹・茄子が描かれている。

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「一富士・二鷹・三茄子」には家康が関係している。

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富士山も鷹も茄子も家康の大好物。

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家康は幼少期と晩年を中心に27年間を駿府(現在の静岡市)で過ごしました。

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その時に家康が好きになったのが富士山・鷹・茄子。
江戸の人々は憧れの天下人・家康が好きなものを夢に見れば縁起が良いと思うようになったのです。

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鶴瓶師匠、ドローンを鷹と見間違えるw

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撮影隊のドローン撮影。

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100m移動すると海が見える。

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三保と海と富士山のセットは江戸時代の富士山の代表的な景観。
一富士の富士山もこのセットと考えられている。

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でも、なぜ富士山の手前に三保と海がある構図が好まれたのか?

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それは高低差を見るとわかる。

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高低差に対する温度差w

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高低差があるのは波や風が石や砂を運んでくるから。

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伊豆半島の下田市には風でできたサンドスキー場がある。

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松の木が傾いているのも風のせい。

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