Halohalo online

特にテーマは決まっていません。 興味のある記事があれば、ぜひぜひお立ち寄りを。

タグ:路面電車

雁木タクシー登場。

hiro37
 
船に乗って、街と三角州の関係を探ります。

hiro38
 
川岸のあちこちにある雁木。

hiro39

川の分岐点にやってきました。
中州の通称サギ島

hiro86

その名の通り、サギがたくさんいます。

hiro42
 
船は下流にやってきました。
小舟がシジミ漁をしています。

hiro04

大粒の広島のシジミ。

hiro45

高低差がない三角州のため、満潮時には海水が内陸にかなり入り込みます。
一帯が汽水域になるため、ヤマトシジミが生息できるわけです。

hiro46

船の上でシジミ汁。

hiro48

そこに電車が…

hiro49

鉄道のニュージャンル、汁鉄w

hiro52

シジミの身も大ぶりです。

hiro51

続いて船は江戸時代に特別な場所だった平和記念公園の近くへ。

hiro87

この辺りはいたるところに雁木(船着き場)があります。

hiro54

江戸時代の絵図でみると、このあたり。

hiro55

広島城に近く、川に囲まれた今の平和記念公園周辺は物資が行きかう一大商業地だったのです。

hiro03

原爆ドームのある場所は、江戸時代には広島藩の重要な施設がありました。

hiro57

広島藩の年貢米を収める蔵がありました。

hiro58

もちろん、雁木もあります。

hiro02

1915年に建てられた広島県産業奨励館。
現在は原爆ドームとして世界遺産に登録されています。

hiro01

 広島県産業奨励館は、この辺りが経済の中心地だったからこそ、この場所に建てられたのです。

hiro60

続きを読む

今回のブラタモリは西鉄薬院駅前からスタート。
タモリさんは子供の頃この界隈に住んでいたことがあるそうです。

ft1


その当時はまだ高架はなく、私鉄と市内電車(路面電車)が直交していたそうです。

ft2

交差地点を電車が通過するときの音が、タモリさんには深く印象に残っているようです。
この場所が、タモリさんが鉄道ファンになった原点。

ft3

ここで、今日のお題。
”福岡発展のカギは鉄道にあり!?”

1889年(明治22年)当時、九州の都市別人口では、福岡市は鹿児島市(57822人)、長崎市(54502人)に次ぐ第3位(50847人)。
現在福岡市は150万超の人口を抱える九州最大の都市です。
この発展の秘密を鉄道を手掛かりに探っていきます。

一行は薬院駅から隣の駅の西鉄福岡(天神)駅に移動します。
40年ぶりに西鉄に乗るタモリさんはノリノリで指さし確認w

ft4

タモリさん一行がやってきたのは天神地区。
大型商業施設やオフィスビルが集積する九州最大規模の繁華街です。

昭和45年当時の天神地区。
市内電車が走っています。

ft5

天神が発展したのは市内電車が交差して、交通のハブになったからだそうです。

江戸時代は商人の町博多と武士の町である天神は分離した存在でしたが、明治43年、電力王と呼ばれた松永安左エ門が中心となり商人の町と武士の町を繋ぐ路面電車を開業します。

ft6
 
さらに翌年、博多一の商人、渡邉與八郎が天神で交差する形でもう一つの路線を作りました。

二つの路面電車が交差することになった天神は、交通の要衝となり、 発展してゆきます。

福岡市の路面電車は昭和54年にすべて廃線になりましたが、西鉄バスが用意したブラタモリ号でその痕跡が残る場所を見に行きます。

ft7

ブラタモリ in 福岡   天神⇒鉄路の痕跡

ft9

歩道で待ち受けていたカメラマンがとらえた貴重な2ショット。

ft8
 
天神から東に3キロ、馬出(まいだし)地区でバスを降ります。
昔の路面電車専用軌道に電停(路面電車の停留所)が残っていました。
今はそのままバス停として使っているそうです。

ft10

勝ち運の神様がいることで有名な筥崎宮(はこざきぐう)の前にも路面電車が走っていました。

 ft11

右側の白い鉄塔は、路面電車のレールでした。

ft12
ft13

大正13年、福岡の発展を加速させる新たな鉄道が誕生します。
天神を起点にして、のちに大牟田まで繋がる大牟田線です。
(現在は天神大牟田線として1日約25万人が利用しています)

ft14

これによって天神にはデパートなどができはじめ、昭和15年には福岡市の人口は30万6763人にまで増加します。

ft15

大牟田線の旧車両313形(昭和27年製)。
昭和50年まで旧車両が走っていたそうです。

ft16

この車両は間もなく解体されますが、運転席も案内してもらいました。

ft19

運転席を後ろから覗いていた昔を懐かしむタモリさん。

ft20

コンプレッサーの音のモノマネは鉄道ファンの定番(?)。

ft21

タモリさんが大牟田線を利用していた昭和30年代、大牟田線は年間乗客数8000万人、路面電車は1億人を突破していました。

ft23

続きを読む

このページのトップヘ