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特にテーマは決まっていません。 興味のある記事があれば、ぜひぜひお立ち寄りを。

タグ:有田焼

タモリさんたちは再び有田の街に戻ってきました。

有田唯一の洋館
明治9年に建てられました。

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ガイシ工場発見。

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ガイシは有田焼?

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有田はガイシ発祥の地だった。

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”1へぇ”いただきましたw

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ガイシ(碍子):
電柱などにつけられた絶縁体
電線との間に挟み漏電を防ぐ

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那須の回で出会った数少ないガイシファン。

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碍子を製造しているのは高級食器メーカーの香蘭社。

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工場長の岩石(いわいし)さん。

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磁器は絶縁体なので碍子に利用される。

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素朴な疑問。

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陶器は吸水性がある。
吸水性があると電気を通してしまう。

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磁器は電気を通す雨水などが浸みこまず絶縁体に適している。
しかも、とても頑丈。

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成形機。

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成形されたもの。

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8㎏ある金型。

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回転させて波型を作る。

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玉ガイシは電線(支線)の絶縁に使われる。

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玉ガイシのみぞを切る。

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タモリさん、玉ガイシ作りに挑戦。

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真剣。

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みぞが切れました。

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みぞを切った玉ガイシを手作業で磨いて仕上げる。

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ご満悦w

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柿右衛門窯に向かっています。
案内人は先週に引き続き九州陶磁文化館の鈴田由紀夫さん。

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柿右衛門窯:
江戸時代から続く歴史ある窯元
国の重要無形文化財

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有田の位置確認。

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江戸前期の柿右衛門。

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洋行帰りの柿右衛門。
欧州で金具をつけられている。

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若い人は知らないフラソワーズ・モレシャンw

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柿右衛門をお手本にしていたマイセン。

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ウチの母親もそうだったw

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第117回 有田焼、世界へ

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窯。

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昔のろくろ。

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ろくろで成形をしているところ。

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柿右衛門窯を案内するのは、当主の15代柿右衛門さん。

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材料の”土”は、白玉やギョーザの皮ぐらいの柔らかさ。

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陶石を加工して粘土を作る。
これが磁器の原料になる。

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陶磁器がろくろでできることを知ったタモリ少年は、博多人形を作る家で粘土をもらってきた。

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レコードプレイヤーをろくろにするw

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粘土を乗せたレコードプレーヤーはまったく回らず、あたりは土だらけになってお祖父さんに怒られたw

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絵付けの作業。

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かなり細かい。

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柿右衛門の特徴は”赤”。

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初代柿右衛門が焼きあがった磁器に絵をつける上絵付けの技法を取り入れる。
この技法で青以外の様々な色がつけられるようになった(赤絵)。

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有田焼の世界に広めたのは赤絵。

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線書き:
細い筆で線や輪郭を描く

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濃み(なみ):
太い筆で濃淡をつけて色を塗る

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続いてタモリさんたちがやってきたのは有田の市街地

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世界の有田焼を生んだ町を歩いてみます。

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有田焼の店が建ち並ぶ。

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若い女性にも人気の豆皿。

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古い町並みは保存地区になっている。

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煙突は焼き物の町の象徴。

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使われていないので草が生えている。

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冬になるとサンタクロースが…。

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サンタかわいいw

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焼き物の町らしい風情がある有田。

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有田の町は山に囲まれている。
この地形が有田焼を作るのに役立っている?

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タモリさんたちは地形と有田焼の関係を探ります。

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ここに磁器づくりのある工程の痕跡がある。

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ここでまた専門家にバトンタッチ。
有田町教育委員会文化財課の村上伸之さん。

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川辺に穿たれた穴は小屋の柱の跡

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この川べりでどんな作業をしていたのでしょうか?

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ここで行われていたのは陶石を砕く作業。
それには唐臼という装置が使われていました。

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唐臼のミニチュアモデル。
鹿威し(ししおどし)の要領で、一方に水がたまるともう一方が上がり、水がこぼれて無くなると一方が下がって石を砕きます。

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陶石は細かく砕かれ、最終的には片栗粉のようになる。

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唐臼は有田に270ぐらいあった。

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有田の川の川底は岩盤がむき出しになっているので、唐臼小屋の柱を建てやすかった。

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有田はいくつもの火山が密集している地域。
川となっているのは山と山がとなり合っている山すそ。

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火山から溶岩が流れ出て、川底は流紋岩の岩盤になっている。

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タモリさんたちは再び有田の市街地に戻ってきました。
地形を生かした工夫をさらに見ていきます。

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トンバイ塀
窯のレンガ(トンバイ)などを再利用して作った塀
表面についた灰が溶けてガラス状になっている

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この階段も有田焼と関係がある?

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有田ポーセリンパークからスタート。

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有田の位置確認。

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旅のお題は「なぜ”世界の有田焼”になった?」

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案内人は佐賀県立九州陶磁文化館館長の鈴田由紀夫さん。

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後ろにあるお城は何なのか?

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ドイツにあるツヴィンガー宮殿のコピーだそうです。
城主のアウグスト2世は有田焼の大ファンだった。

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そして、有田焼を真似してできたのが有名なマイセン。

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有田ポーセリングパーク:
1993年にオープンした観光施設
園内には焼きものづくりの体験コーナーも

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ここはコスプレの撮影スポットになっている。

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妙な格好をした人たちw

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第116回 有田焼

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初期の有田焼。
1640~1650年代。

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焼き物には磁器と陶器があり、弾くと音が違う。

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江戸時代の初めごろまで、磁器は日本では作られていなかった。

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日本で最初に磁器が作られたのが有田。

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VOCのロゴ入りの有田焼。

VOC:オランダ東インド会社
アジアとの貿易を目的とした世界初の株式会社
長崎に支店を持ち、鎖国中の日本と取引をした

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長崎を出発した船は8~10か月かけてヨーロッパへ。

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ドイツの宮殿にある有田焼のコレクション。
当時は”白き黄金”と呼ばれた。

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好きな焼き物でその人の性格がわかるらしい。

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タモリさんが好きな有田焼。

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林田アナが好きな有田焼。

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焼き物占いではタモリさんは繊細、林田アナは格式が高い。

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林田アナが選んだのは将軍の献上品。

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巨大な花瓶。

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染付蒔絵富士山御所車文大花瓶:
1873年のウィーン万国博覧会に出品
日本館の入り口に設置された

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小さな町から世界の有田焼が生まれたワケをこれから見ていきましょう。

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撮影終了後も館内の有田焼を鑑賞するタモリさん。

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