Halohalo online

ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:新幹線


先週の続き、今回は全国編です。

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リモート出演のゲストも先週に引き続き、土屋礼央さん、市川紗椰さん、吉川正洋さん。

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前回は首都圏の鉄道でしたが、今回は首都圏以外のグー鉄にチャレンジ。

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タイトル。

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せっかく(全国編)だから、SL狙い。

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東武日光線下今市駅。

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SL大樹発見。

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一発で仕留めた吉川を称賛。

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作品⑤ イマイチじゃなくて完全

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ここまで上々のデキに欲が出てきたタモリ電車クラブのメンバー。

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タモリ、湯布院の久大本線をリクエスト。

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いきなり車両内!?

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特急「ゆふいんの森」の車内ストリートビュー。

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車庫にいるので、隣に特急「ソニック」がいる。

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偶然の産物ではないので、(車内ストリートビューは)グー鉄ではありません。

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久大線は道が並走している部分がなかなか見つからない。

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線路沿いの道を見つけたものの、電車はいない。

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由布院駅周辺を探してみることに。

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南田裕介が参加してきたが、みんなそれどころではないw

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南田は自宅からリモート参加。
本棚に時刻表。

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久大本線は電車見つからず。

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ここで南田が見つけたグー鉄をチェック。

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平城宮跡近くの近鉄奈良線。

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近鉄奈良線の電車を発見。

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左に行くと朱雀門が見える。

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アングルを調整して朱雀門と近鉄奈良線を入れる。

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作品⑥ なんときれいな近鉄特急

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南田「岳南富士岡駅を検索してください」

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岳南富士岡駅から南下すると、新幹線が通っている。

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東海道新幹線を発見。

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新幹線と富士山の2ショット写真を狙う。

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 闇を抱えて南の島に来ている人を調査した件

なぜ人は南に行くのか?

今の状況から逃げたい。

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快適な場所に逃げたい。

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暖かく、水と緑があるところ=南国。

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 同棲中の彼が重度のアルコール依存症

彼が重度のアルコール依存症。

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昼を過ぎると罵声を浴びせられ、出て行けと言われる。

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闇から逃れるため、南の島(波照間島)へ。

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 人間関係をすべてリセット

仙台から移住して1年半の女性。

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上司との人間関係が特にイヤだった。

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ビフォア、アフター。

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 女性がらみのトラブルで島に移住

元教師。

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ハレンチ学園w

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島で結婚して生まれ変わる予定。

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 明日離婚

別れたくないけど…。

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なら、別れたくない気持ちを奥さんに伝えよう。

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離婚確定w

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 バツ3で子供4人

養育費はまったく払っていない。

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結婚したいけど、お金もない。

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先立つものが何もないw

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 まさかの香西かおり

ふって。

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ふって。

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落とすw

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 女性の一人旅

島の人は優しいという一人旅の女性。

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迷っている人がいたら道案内をする地元の男性。

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漏れてしまった本音w

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 白い妖精

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スケスケのおじいちゃん?

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いたw

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このあたりから見始めたから、普通の人のインタビューだと思っていたw

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哲学的。

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文学的。

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闇は闇のままに…。

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タモリさんたちは再び氷川神社の近くに戻ってきました。

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大宮アルディージャの本拠地、NACK5スタジアム

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先生はレッズファンw

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タモリさんたちがいるのは、氷川神社のすぐ東にある大宮公園。
この公園の中に大宮に駅ができた理由がわかる場所があります。

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この石は何か?

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石灯籠もある。
ということは、昔庭だった?

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大正期のこのあたりの見取り図をみると、料亭がいくつもある。

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丘の上の料亭街と駅には何の関係があるのか?

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駅を誘致するため、大リゾート開発プロジェクトがおこなわれた。

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地元主導のリゾート計画によって明治18年、大宮に待望の駅ができました。

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明治の終わりから昭和の初めにかけて、大宮は素晴らしい眺望が評判の人気リゾート地だったのです。

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数々の文化人が大宮を訪れていた。
森鴎外はここを舞台にした小説も書いている。

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横顔の写真が印象的なあの人w

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帝大生時代、正岡子規も夏目漱石を誘って大宮にやってきた。

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多くの明治の文豪たちが大宮を訪れていた。

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近江アナにお仕事依頼。

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田山花袋の随筆「東京近郊一日の行楽」。

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大宮公園は明治のデートスポットだった。

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昭和初期の大宮公園を描いた絵。

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今でも赤松の林がある。

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大宮公園は氷川神社の森だった。

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ここまでは大宮に駅ができなかった理由と駅ができた理由。
ここから先は、大宮が「鉄道の町」になった理由を紐解きます。

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ロケ地:東京駅八重洲口

 JR東日本では秋田新幹線開業20周年をはじめ、周年ラッシュを迎えようとしており、新幹線イヤーということで盛り上がっていこうとしている、というお話。
 
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ゲストは、六角精児さん、廣田あいかさん(私立恵比寿中学)、南田祐介さん、

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飯塚悟志さん(東京03)。 

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中学6年生でやらさせてもらってますw
 
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今回は鉄道の車内販売にスポットを当てます。
東京駅の地下にある車内販売基地にタモリ倶楽部が潜入。

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JR東日本の車内販売を一手に担うNRE東京商品管理センター。

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JR東日本管内の車内販売の商品をストック。
その数約150種類。

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列車の出発前に、ここでアテンダント自らが商品を積みこみます。 
商品の陳列はアテンダントに任されています。

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ガイドは日本レストランエンタプライズの池田卓馬さん。

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タモリ「(車内販売は)売り場面積当たりの売り上げ高が世界で一番って聞いたことあるんですけど」
池田「…ほう」
池田さんは知らなかったw

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JR東日本新幹線ワゴンショー
車内販売のワゴンは路線ごとに違うそうです。

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北陸新幹線のワゴン。

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アテンダントの飯森由貴さんは約150名いる販売員の中で3名しかいないチーフインストラクター。
北陸新幹線の開業一番列車も担当しました。

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ワゴンの重量は50kg。
商品を積むと総重量100㎏以上。

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タモリさん押してみる。
タモリ「スムーズ!軸受けのベアリングがなかなかいいね」w

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背後から乗客が来るとサッとワゴンを寄せる。
長年車内販売をやっていると(後ろから乗客が来るのが)気配でわかるそうです。
 
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商品の積み方には各アテンダントの工夫があり、飯森さんの場合は左右対称に商品を配置。

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北陸新幹線のエース商品、ほたるいか素干し(440円)。

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ちょっと炙るとおいしいそうです。

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続いて、東北新幹線三段ワゴン。

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アテンダントは販売歴1年の杉野由奈さん。
福岡県南区出身の大学院生。

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タモリさんと同郷。

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アテンダントの約7割が学生アルバイト。

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氷のビニール袋に食いつくマニアw

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物ボケw

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ぁぃぁぃに大うけw

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東北新幹線のエース商品、ほや酔明(350円)。
乾燥ほやです。

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今回のブラタモリは西鉄薬院駅前からスタート。
タモリさんは子供の頃この界隈に住んでいたことがあるそうです。

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その当時はまだ高架はなく、私鉄と市内電車(路面電車)が直交していたそうです。

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交差地点を電車が通過するときの音が、タモリさんには深く印象に残っているようです。
この場所が、タモリさんが鉄道ファンになった原点。

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ここで、今日のお題。
”福岡発展のカギは鉄道にあり!?”

1889年(明治22年)当時、九州の都市別人口では、福岡市は鹿児島市(57822人)、長崎市(54502人)に次ぐ第3位(50847人)。
現在福岡市は150万超の人口を抱える九州最大の都市です。
この発展の秘密を鉄道を手掛かりに探っていきます。

一行は薬院駅から隣の駅の西鉄福岡(天神)駅に移動します。
40年ぶりに西鉄に乗るタモリさんはノリノリで指さし確認w

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タモリさん一行がやってきたのは天神地区。
大型商業施設やオフィスビルが集積する九州最大規模の繁華街です。

昭和45年当時の天神地区。
市内電車が走っています。

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天神が発展したのは市内電車が交差して、交通のハブになったからだそうです。

江戸時代は商人の町博多と武士の町である天神は分離した存在でしたが、明治43年、電力王と呼ばれた松永安左エ門が中心となり商人の町と武士の町を繋ぐ路面電車を開業します。

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さらに翌年、博多一の商人、渡邉與八郎が天神で交差する形でもう一つの路線を作りました。

二つの路面電車が交差することになった天神は、交通の要衝となり、 発展してゆきます。

福岡市の路面電車は昭和54年にすべて廃線になりましたが、西鉄バスが用意したブラタモリ号でその痕跡が残る場所を見に行きます。

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ブラタモリ in 福岡   天神⇒鉄路の痕跡

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歩道で待ち受けていたカメラマンがとらえた貴重な2ショット。

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天神から東に3キロ、馬出(まいだし)地区でバスを降ります。
昔の路面電車専用軌道に電停(路面電車の停留所)が残っていました。
今はそのままバス停として使っているそうです。

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勝ち運の神様がいることで有名な筥崎宮(はこざきぐう)の前にも路面電車が走っていました。

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右側の白い鉄塔は、路面電車のレールでした。

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大正13年、福岡の発展を加速させる新たな鉄道が誕生します。
天神を起点にして、のちに大牟田まで繋がる大牟田線です。
(現在は天神大牟田線として1日約25万人が利用しています)

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これによって天神にはデパートなどができはじめ、昭和15年には福岡市の人口は30万6763人にまで増加します。

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大牟田線の旧車両313形(昭和27年製)。
昭和50年まで旧車両が走っていたそうです。

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この車両は間もなく解体されますが、運転席も案内してもらいました。

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運転席を後ろから覗いていた昔を懐かしむタモリさん。

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コンプレッサーの音のモノマネは鉄道ファンの定番(?)。

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タモリさんが大牟田線を利用していた昭和30年代、大牟田線は年間乗客数8000万人、路面電車は1億人を突破していました。

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