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特にテーマは決まっていません。 興味のある記事があれば、ぜひぜひお立ち寄りを。

タグ:名古屋









「万馬券を当てるところが見たい」という欲望シリーズ企画。

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万馬券に挑戦するのは競馬歴14年のジャンポケ斎藤さん。
競馬番組のMCもつとめています。

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自信満々のジャンポケ斎藤。

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斎藤が勝負の場に選んだのは名古屋競馬場。
ここは、名古屋以外の地方競馬の馬券も買うことができる。

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3連単で万馬券を当てる作戦。

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地元の常連さんによると、名古屋競馬はかたいレース(番狂わせが少ない)が多い。

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第2レースは1,8が圧倒的人気。

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1,8は必ず3着以内に入る。
万馬券を狙うなら8番人気の5を狙うしかない。

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そこで斎藤が買った馬券は、1-8-5、8-1-5。

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第2レーススタート。

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最終コーナーで1と8は予想通り先頭をキープ。

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5は惜しくも4着。
3着は3番人気の馬だった。

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やはり名古屋はかたい。

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作戦変更。
万馬券が出やすい浦和競馬で勝負。

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浦和第2レース。
1~3番人気の馬は安定感がなく信頼性が薄い。

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斎藤の作戦は、1番から3連単総流し。

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1番を軸に3連単168通り。
16800円。

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1番が3着以内に入ればよい。

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1番3着に入る。

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はたしていくらついたのか?

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おおー!
3連単216790円。

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ジャンポケ斎藤見事な勝利。

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馬券代差し引いてもほぼ20万円の儲け。

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この手の番組の企画で、これだけの結果を出すことは珍しいそうです。

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マツコもかつては競馬をたしなんでいたw

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監視4日目。

クロちゃんがリアルクロちゃんの存在を認識したところで、

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この日からリアルクロちゃんは本人込みの写真の投稿を開始。

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すると、クロちゃんは不安を感じ始める。

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リアルクロちゃんは、クロちゃんの本当の行動を逐一ツイートし続ける。

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ついにクロちゃん本人からリアルクロちゃんにダイレクトメッセージが。

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もちろん返事はしない。

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クロちゃん、勝手に解決w

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楽天的、って言ってあげてw

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監視5日目。

クロちゃんのツイート。

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リアルクロちゃんのツイート。

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クロちゃんのツイート。

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リアルクロちゃんのツイート。

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すると、リアルクロちゃんのツイートに気づいた本人から再びDMが。

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もちろん、これも無視。

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翌日の仕事のため名古屋に前乗りしたクロちゃんをリアルクロちゃんがホテル名がわかる写真とともにツイート。

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するとフォロワーから。

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クロちゃんは岐阜と嘘ツイート。

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嘘を嘘で固める。

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リアルクロちゃん、恐怖のツイートw

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すると…

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外の様子をうかがう立てこもり犯w

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さすがにかなりビビっているようなので、

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リアルクロちゃんの更新はいったんストップ。

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港が発展した様子は地形からもわかる場所がある。

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緩やかだが高低差がある

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低い場所はかつては海。

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少しでも土地を増やすため海を埋め立てていた。

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家康による名古屋の町づくり。

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台地の北に強さと広さのある名古屋城を築きます。

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城の南に碁盤割の城下町。

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東西南北どの通りも賑わうように工夫されました。

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熱田は港町として繁栄しました。

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名古屋の出発点は、家康の町づくりだったのです。

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こんなに良い場所(台地)なのにどうして家康の前の時代に町ができなかったのか?

南端の港から北端の城までが約7km。
この距離が町づくりの負担になったのです。

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しかし家康はこの距離問題をある工夫で克服しました。
その工夫を知るため、タモリさんたちは名古屋城の近くの町の西側にやってきました。

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名古屋の市街地に残る古い町並み

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屋根にほこらがある。

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屋根神:住宅の屋根に置かれた小さなほこら
名古屋市やその周辺に多く見られる。

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台地の傾斜が始まってる。

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タモリさんたちの現在位置。

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地形図で見ると台地のヘリにいることが分かります。

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この川
が熱田と城下町をつないだ家康の工夫。

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城から熱田までをつなぐ運河、堀川。

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船が行き交うのに十分な幅。

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熱田神宮からスタート。

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名古屋城の南にある熱田神宮。

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今回の案内人は京都大学の山村亜希先生。
町の歴史を地理からひも解く専門家です。

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旅のお題は先週に引き続き「尾張名古屋は家康でもつ?」。

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現在タモリさんたちは南北に細長い熱田台地の南端にいます。

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なぜ家康は台地の上に城と城下町を作ったのか?
その理由がわかるのが、台地の南の端。

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最近は天候に恵まれている「ブラタモリ」。

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年間700万人もの参拝客が訪れる熱田神宮。

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宝物館にあるお宝を見れば、家康が台地に城と城下町を作った理由がわかるそうです。

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3mの大太刀。
でも、これではない。

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宝物館の人がお宝を持ってきました。

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熱田神宮あての書状3点。

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一点は家康からの書状。

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もう一点は秀吉の書状。

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そして、信長。

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戦国の三英雄そろい踏み。

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熱田神宮でのお祓いに対する礼状を書いた信長。

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熱田の治安を守るきまりを定めた秀吉。

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信長と同じく祈祷とお祓いに感謝する家康。

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時の権力者にとって、熱田神宮は大切な神社だったことが分かります。
だからこそ家康は、熱田神宮のある台地の上に城と城下町を作ったのです。

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しかし、家康が台地の上に城と城下町を築いたもっと重要な理由があります。
それを確かめるためにタモリさんたちは宝物館を出てさらに南へ。

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舌状台地の先端は3方が下っていることを確認。

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台地の先端

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熱田台地の北と南のヘリを制覇しました。

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江戸の時代の古地図を見ながらさらに南へ。

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名古屋城を後にしてタモリさんたちがやってきたのは、城から1kmほど南の街の中心部

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案内をしてくれるのは、名古屋市教育委員会の木村有作さん。

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まず注目するのは名古屋の町割り。
城の南に正方形の区画が並ぶ。

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江戸時代の絵図と見事に一致。
家康が作った城下町の町割り(碁盤割)がそのまま残っています。

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歩数を数えて、区画の長さを確かめる。

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昭和のオジサンたちと平成生まれのコンパスの差w

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区画の一辺は約100m。

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家康は一辺約100mの正方形を並べて碁盤割の町割りを作ったのです。

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碁盤割があるのは、台地の上の城の南側。

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名古屋駅は台地から外れている。

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実は名古屋は台地の上がまず栄えた街。

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家康は城の前の碁盤割の区画に町人を住まわせていた。
町人を優遇することが、家康の狙いでした。

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碁盤割の区画の魚ノ棚通りにやってきました。

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地元では魚ノ棚をウォンタナという。
カルロス・ウォンタナ、ジョー・ウォンタナw

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狭い間口の町屋が建ち並んでいたことがわかる。

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秀吉が作った大阪の街も間口が狭かった。
そして町屋の入口が面しているのは東西の通り。

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名古屋は東西南北全部の通りに町屋の入り口が面している。

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大阪は南北の通りが寂しい。

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名古屋は全方向の通りがにぎやか。
家康の狙いは、名古屋の城下町の経済的な繁栄だった。

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しかし、区画の真ん中のスペースはどうなるのか?

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現代の街を歩いて見ると、真ん中のスペースと思われる場所にはタワーパーキングが建っていました。

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江戸時代には真ん中のスペースには寺社が置かれたり、町屋の共有地として使われたりしました。

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