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ブログ再開しました。 以前ほど頻繁に更新できないかもしれませんが、ぼちぼちやっていきます。

タグ:加藤清正

加藤清正公がやりすぎ防御マニアだったことは、城だけではなく、城下町をみてもわかります。

タモリさん一行がやってきたのは古町と呼ばれる城下町の一画。
島津が熊本を攻める時は目の前にある薩摩街道を北上してくることが想定されます。

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しかし、このあたりの町割りは碁盤の目状で見通しが良い。
敵としては攻めやすい造り?

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 路地から伏兵が現れる。

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路地の奥には兵を潜ませる寺がありました。
このような仕掛けを清正は町のあちこちに作っていました。

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 まだ防御の仕掛けはあります。
一行は、古町と熊本城の間に位置する新町に移動します。

新町を案内するのは、古文書を研究している熊本大学の稲葉先生。
稲葉先生から早速質問。
「熊本と聞いて思いつく動物は?」

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 正解はタヌキ。

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 よく見るとこのあたりはタヌキだらけ。

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そして地名は、船場(せんば、洗馬とも表記)。 

有名な民謡(手毬歌)がありました。
 
あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ♪
熊本さ 熊本どこさ せんばさ ♪
せんば山にはタヌキがおってさ♪

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このせんば山が実はやりすぎ防御と関係がある?

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一行はせんば山の痕跡を探しに行きます。

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新町の西の端にある鉄道の高架下。
実はここはお堀の跡。

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堀を作れば、土が出る。

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その土で山を作った?

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古地図を見ると、堀に沿って土塁があるのがわかります。

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せんば山の正体は、堀伝いに築かれた土塁でした。

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 一行が最後にやってきたのは、熊本城の入り口
島津が参勤交代に使う薩摩街道はここから豊前街道となって熊本城内を通ることになります。

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(仮想)敵に城内を見せていた?

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ロケの都合で午前7時スタート

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加藤清正公の像の下に怪しい人影が…。
今回の案内人の熊本城調査研究センター、鶴嶋俊彦さんです。

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加藤清正(1562~1611)といえば、豊臣秀吉の家臣で、熊本城城主。
虎退治のエピソードで勇猛果敢なイメージがあります。

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実像に近いと言われる清正公の肖像画。
イメージと違う…。

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実際の清正の性格は、神経質で心配性だったそうです。

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本日のテーマ:熊本城は”やりすぎ城”
どういうことなのでしょうか。

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鶴嶋さんによれば、心配性の清正は”変態防護マニア”だったそうです。

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熊本が誇る観光名所、熊本城でブラタモリ。
だから、観光客が来る前に早朝ロケ? 

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城の入り口から天守閣に向かってスタート。
早速狙撃兵に狙われる。 

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鶴嶋さん撃たれる。
お城の前に案内人がやりすぎw

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クランク状(枡形)の通路のどのサイドにも銃座があるので逃げ場がない。

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 銃座の裏側に行ってみます。

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スナイパー・タモリw 

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1発で二人倒すw

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熊本城は広い。

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当時の熊本城は櫓(やぐら:矢や鉄砲を発射するための建造物)が林立していました。

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 櫓の総数66。
タモリ「やりすぎ」

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 うかつに近づけば、矢と弾丸の嵐。

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袋小路に誘い込んで、全滅させる。

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