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特にテーマは決まっていません。 興味のある記事があれば、ぜひぜひお立ち寄りを。

タグ:ブラタモリ




タモリさんたちは展望台にやって来ました。
沖縄・首里の回でもお世話になった琉球大学の尾方隆幸先生が待っていました。

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山が多い奄美大島に対して、遠くに低く見える喜界島は平らな島。

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喜界島はサンゴ礁が隆起してできた「隆起サンゴ礁段丘」。

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一方、奄美大島は大陸の一部だった!?

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約1000万年前、琉球列島は大陸のヘリだった。

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 その後プレートの力で大陸が引き裂かれる。

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地続きなので台湾まで鉄道がひけたw

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 その後、大きな断層の活動などで完全に大陸から切り離される。

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やがて、サンゴ礁の隆起した平らな島もでき、海水面も変化して、現在のような琉球列島の形が出来上がりました。

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奄美にいる固有種は、もともと大陸にもいたはず?
 
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氷河期や新しい肉食獣の出現によって、大陸の方の種は全滅してしまった。 

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アマミノクロウサギ(固有種):1921年(大正10年)、動物として初めて国の天然記念物に指定された。 

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耳が短いのはウサギが進化して耳が長くなる前の太古のウサギの姿をとどめているから。

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古い島には、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなど太古の時代の姿を残す生き物がいる。

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奄美大島に特に固有種が多いのは、面積が大きく大規模な開発が進まなかったから。
 
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陸と海のキワの生物を観察するため、タモリさんたちは奄美大島の中部にやって来ました。
案内をするのはエコツアーガイドの中岡省吾さん。
 
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ミッツ・マングローブ、思わぬ出演w

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ここからカヌーで川下りをしてマングローブの森を観察します。

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漕ぎ方のレクチャーを受ける近江アナ。

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海近くの路地からスタート。

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砂浜に来ました。

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旅のお題は「なぜ奄美は生き物の楽園!?」

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最初の案内人は奄美で動物の研究をしている東京大学特任研究員の服部正策先生。

奄美大島は固有種が多いのが特徴なのだそうです。
固有種:ある地域のみ生息・生育する動植物の種

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表にすると固有種が多いことが一目瞭然。

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奄美大島の固有種の動植物。

アマミノクロウサギ

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アマミイシカワガエル

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アマミヤマギシ

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アマミエビネ

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奄美大島はハブの生息地でも有名。

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大きなものは2mになる毒蛇。
噛まれれば最悪死に至る。

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奄美の自然の秘密を地形から解き明かす前に、ハブを防ぐ方法を教わります。

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やって来たのは町のホームセンター

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店員さんが案内したのは、ハブ捕り棒のコーナー。
攻撃は最大の防御w

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地元の大工さんの手作り。
月に2本ほど売れるそうです。

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ハブを捕まえて市役所に持っていくと、1匹3,000円で引き取ってくれるそうです。

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おもちゃのハブを使ってハブ捕りの練習。

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ピコタモリw

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近江アナ、ハブを捕獲箱に入れて、ふたを手で閉める。

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 育ちの良さが出てしまいましたw

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人がハブを恐れたことが、奄美を自然の楽園にした理由の一つ。
ハブを恐れて、人はむやみに自然を荒らさなかった。

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奄美の自然を観察するため、タモリさんたちは奄美大島北部に広がる森にやって来ました。 

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続いて向かったのは、北におよそ5㎞の入り江。
奄美の人が米作りのためにした工夫をここで見ます。

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案内をするのはこのあたりの歴史に詳しい学芸員の川元美咲さん。

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米作りをする上での問題点。
それは奄美の地形は山が多く、平地がほとんどないこと。

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そこで奄美の人たちは自然を生かした新田開発をしました。

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ハブが心配なタモリさん。
ヒャンという小さいかわいい蛇もいるらしい。
ただしコブラ科でハブより猛毒w

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浦の橋立
ここが工夫の痕跡です。

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浦の橋立のあるのがここ。

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かつてここには川が運ぶ土砂によってできた広い浅瀬がありました。

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そこに堤防を作り、海水をせき止めて干拓したのです。

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だが、大きな問題がありました。

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それは土でできた堤防の強度。
潮が満ちてくると水圧で堤防が壊れてしまう恐れがありました。
 
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そこで、自然を生かした工夫がなされました。
その痕跡は、この岩山にあります。

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が空いてる。

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岩山に通されたこの穴の役割とは?

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この通し穴は堤防に押し寄せる潮の逃げ道。

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岩山の穴に海水を流し込むことで堤防にかかる水圧を減らしていました。
さらに堤防と水田の間に広い空間を作り、海水が水田に入らないようにしていたのです。

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これだけ工夫したのは生活のためだけではありませんでした。
薩摩藩の支配下の奄美は、年貢として米を取り立てられていたのです。

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しかし、奄美の土は栄養が少なく米の質が悪かった。

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江戸時代の中頃になると、薩摩藩は別の作物を作るよう
要求します。
それが奄美の第二の宝になったのです。

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その作物とは、サトウキビ。
タモリさんたちは製糖工場にやってきました。

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サトウキビを齧るタモリさんと近江アナ。
とても甘いそうです。

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サトウキビは温暖であれば栄養の少ない土でもよく育つ作物。
薩摩藩は米の代わりに奄美にサトウキビを作らせました。

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サトウキビからできる奄美の二つ目の宝は、「黒糖」。

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黒糖の製造現場。
サトウキビを絞った汁を煮詰める。

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固めるために食用石灰を入れます。
昔はサンゴを焼いて砕いたものを使っていたそうです。

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黒糖作りを体験するタモリさんと近江アナ。

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 煮詰まって粘り気が出てきた黒糖。

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特別に黒糖の水あめを食べさせてもらう。

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パクッ。

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龍郷町・戸口地区からスタート。
 
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太平洋が広がる島らしい景色。

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旅のお題は「自然を生かした奄美の”宝”とは!?」 

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島唄?w

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案内人は学芸員の町健次郎さん。

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奄美大島は南西諸島の中で、沖縄本島に次いで大きな島です。

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植物のソテツは漢字でどう書く?

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「蘇る」に「鉄」で蘇鉄。
後で出てきそうです。

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が 自然を生かした奄美の宝?

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唐突に土を掘る人登場w

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前島勇治さんは全国の土を研究して農業に役立てている土のスペシャリスト。

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この土は「赤黄色土」という降水量が多い亜熱帯の奄美独特の土壌。
鉄分が多く含まれています。

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土は岩石などが時間をかけて風化して細かくなったもの。
岩石には様々な成分が含まれています。

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たくさんの雨が降ることで、鉄やアルミ以外の成分が溶けて流れてしまいます。
土に残った鉄分は空気中の酸素に触れて酸化、つまり錆びて赤くなります。
気温が高い地域は酸化がいっそう促進されます。

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土に鉄分が多いということを覚えておく。

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タモリさんたちが向かったのは海岸から1km離れた集落
この地域で鉄分の多い奄美の土を生かした宝づくりが行われているそうです。

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三線が聞こえてくるのどかな集落。

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東京では盆踊りもうるさいと言われるので、イヤホンをつけて静かに踊っているw
風情が騒音になる昨今…。

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奄美の宝を作っている金井さん。
 
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奄美大島に多く自生しているテーチ木(車輪梅)。

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テーチ木を細かく砕き2日間煮出す。
常温に戻すと染料になる。

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白い絹糸をテーチ木の染料に入れてもみこむ。

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赤茶色に染まる。

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完成品がこちら。
1反200万円の大島紬。

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ということで、やってきたのは新神戸駅のすぐ近く。

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やっぱり高い所だったw
兵庫県で4番目に高いビル

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毒づくタモリw

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雑居地が見渡せる高層階。

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先ほど訪れた風見鶏の異人館も見えます。

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現在、雑居地の北東の端にいます。

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雑居地の北の端は、山の急斜面が壁になっています。

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東と西の端は川を境界にしました。

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自然地形に囲まれていたことが、広大な雑居地を認めることができた理由になっていたのです。

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雑居地の中では日本人と外国人が隣り合って暮らし、神戸はハイカラになっていったのです。

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前回勉強したように、江戸時代までは兵庫津が中心地。
兵庫津:江戸時代までの神戸の中心地
現在の神戸市兵庫区周辺

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明治時代の地図も「兵庫&神戸」。
別の街として描かれている。

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外国人が住む雑居地の隣には日本人が住む大きな街、兵庫があった。

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 この二つの街の間にある境界のようなものは何?

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この境界の痕跡を求めて歩いていくと、正面に段差が…。

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この段差は何?

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ここで新しい案内人、佐々木良作さんも加わり、段差の正体を確かめてゆきます。
佐々木さんは元兵庫県職員で土木担当でした。

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 階段を登り、段差の上へ。

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運動したらすぐ暗算w

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段差は6~7mある。

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段差は途切れているので、河岸段丘ではない。

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段差は南北につながっていた。
 
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 天井川?

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天井川とは?

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平地を流れる川に洪水で大量の土砂が流れ込むと、川底が上がります。

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人間は次の洪水に備えて堤防を高くします。

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