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特にテーマは決まっていません。 興味のある記事があれば、ぜひぜひお立ち寄りを。

タグ:ブラタモリ

パリは歩道も広いのでオープンカフェがさまになる。
東京はパリのマネをしても歩道が狭いからダメ。

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カフェに向かうタモリさんたち。

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ウキウキの林田アナw

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気分はパリジェンヌ。

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ビール飲みたいw

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コンシェルジュリー:
もともと王宮として建てられたが
14世紀から牢屋として使われ「死の牢獄」と呼ばれた

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コンシェルジュリーに囚われていたマリー・アントワネットは荷馬車にのせられシャンジュ橋を渡り、処刑場に向かった。

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歴史研究家のニコラ・ショーダンさん。
オスマンの”人が呼べる街づくり”について解説してもらいます。

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日本は街の中心に駅があるが、パリは街の中心の周囲に駅がある。

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街の中心がすでに出来上がっていたから、駅が中に入れない。

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それゆえ、中心部に物資を運搬したり人が容易に移動できる道が大事だった。
駅から降りた人々が街の中心の十字路で行き交い、街はたくさんの人で賑わった。

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タモリ氏、終着駅を語る。

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終着駅愛をフランス人にも理解される。

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裁判所のドームが右にずれているのはなぜか?

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駅に着いた人がパリの中心に向かう目印となるよう、ドームをずらして見えるようにした。

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続いてタモリさんたちが向かったのは、パサージュ(屋根付き商店街)。

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ホテルからパサージュの地下を見せもらう。

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支配人のフィリップ・ビダルさん。

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パサージュの地下で日本人女性と遭遇。

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突然の日本人に二人もびっくり。

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彼女はパサージュのお菓子屋さんで働いている。

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一瞬番組が変わってしまったw

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鶴瓶師匠のマネw

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よく見ると、地下通路の中央に溝がある。

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パリでブラタモリ。

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モンマルトル3中出身でしたっけw

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エッフェル塔は東京タワーに似ている。

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タワーは踏ん張っていてほしい。

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案内人は文筆家の森田けいこさん。

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タモリさんたちは、セーヌ川の河岸段丘の上にいる。

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ファッションやスイーツ、まったく興味なし。

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旅のお題は「なぜパリは”華の都”になった?」

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タモリさんたちがまず向かったのは、セーヌ川の中州、シテ島。

シテ島:
紀元前3世紀から人が暮らし始めたパリ発祥の地
水運・河川商業の拠点となる 長さ1㎞ 幅300m

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シテ島にあるノートルダム大聖堂。

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ノートルダム大聖堂:
14世紀ごろに完成したローマ・カトリックの教会
ゴシック建築を代表する建造物 塔の高さ69m

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パリの中心の証、道路元標。

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ポアンゼロの上でクルリw

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ポイントゼロ:
18世紀に定められたフランス中の道路の基点
踏むと再びパリに来られるといわれている

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発展し続けたパリは19世紀になると困った事が起こります。
困った事とは何でしょうか?
タモリさんたちは、シテ島の南、川の対岸にやってきました。

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”困った事”に詳しいフランス政府公認ガイド、アニー・ノットさん。

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昔のパリ。
中央の溝に水(?)が流れている。

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溝は今もある。

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トイレがなかったので、糞尿は下に捨てていた。

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林田「そんなパリ嫌ですぅ」w

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王様にも汚物が…。

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タモリ「これは聖水ですか?」w

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昔のパリの道は糞尿まみれだった。

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御殿はなぜこの場所が選ばれたのか?

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古地図の道をたどりながら川崎フロンターレの本拠地へ。

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この高低差は何?

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江戸時代はここに多摩川が流れていた。

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この凹みは多摩川の痕跡。

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多摩川は御殿を守る堀としての役割を果たしていた。

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高低差を示す地形図でもタモリさんたちがいるところは低くなっている。

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現在の多摩川。

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江戸時代、多摩川は蛇行して御殿のそばを流れていた。

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等々力競技場

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等々力と言えば、世田谷区にもある。

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多摩川を挟んで東京と神奈川に同じ地名がある。

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昔は蛇行して流れていたので、等々力は分断されていなかった。

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視聴者も同じ気持ちw

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昔はくねくねと蛇行して流れていた多摩川。

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多摩川の流れがまっすぐになり、町(村)が分断される。

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「下野毛美容室」で想像をたくましくする若き日の森田青年w

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多摩川は武蔵小杉の発展にも関係しています。
徳川家康が多摩川を利用してあるものを作りました。

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タモリさんたちは再びタワーマンションの足元へ。

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この道のカーブに目をとめたタモリさん。

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カーブ沿いにあるお宅を訪問。

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武蔵小杉駅前からスタート。

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武蔵小杉は神奈川県川崎市にあります。

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武蔵小杉と言えば、タワーマンション。

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旅のお題は「人気急上昇!武蔵小杉 発展のヒミツとは!?」

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案内人は神奈川県立歴史博物館の望月一樹さん。

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住みたい街ランキングでも上位の常連になっている武蔵小杉。

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タワーマンションができた2008年頃は、一戸4000~5000万。

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今は7000~8000万。

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タワーマンション群には約6000世帯、人口にすると約1万5000人の人が住んでいる。

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第125回 武蔵小杉

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タモリさんたちは、11のタワーマンションのうちの一つに向かいます。

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ゴジラも武蔵小杉にやってきた。

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武蔵小杉で戦うゴジラと自衛隊。

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タワーマンションはゴジラ(118m)よりも高い。

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テンションが上がる林田アナw

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今回ご案内する物件。

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孫娘にマンション購入を考えているおじいちゃんw

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30階、北東の角部屋。

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多摩川の向こうは東京。
武蔵小杉では東京が見える北向きの部屋が人気。

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バルコニーから見る夜景。

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武蔵小杉を通る路線。

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相互直通乗り入れを含めると13路線を利用できる。

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人気の最大の理由は都心へのアクセスの良さ。

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成田エクスプレスも停車する。

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30階2LDK/76㎡ 6800万円でございます。

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初めて見た林田アナの本気の顔w

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平成元年の武蔵小杉の地図。

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このあたり一帯は工場だった。

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朝倉氏の館跡

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門に彫られた朝倉氏の家紋。

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ドローン撮影。

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朝倉氏の館の井戸で発見された欠片から復元されたベネチアングラス。

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一乗谷は水運で豊かになった。

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栄華を誇った一乗谷も1573年に滅ぼされ、町の中心は平野に移されます。

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タモリさんたちは一乗谷から西に10km、福井城に移動。
実はここには一乗谷の遺産が残されています。

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福井城の門。

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屋根が真っ白。

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石の瓦!?

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笏谷石(しゃくだにいし):
火山灰などが固まった凝灰岩の一種
鉱物の変成による緑がかった色が特徴

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柔らかく加工しやすい笏谷石は、福井城ではいたる所に使われています。

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笏谷石の加工技術は一乗谷で培われたもの。

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石の瓦は一乗谷の遺産。

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福井城から西に2km。
タモリさんたちは笏谷石の石切り場にやってきました。
現在は料亭になっています。

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この地下は(柵谷石を)採掘した立て坑跡に水が溜まっている。

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一乗谷の時代に本格化した笏谷石の採掘は、江戸時代になると福井に莫大な利益をもたらします。

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美しく加工がしやすい笏谷石は全国で盛んに売買されるようになりました。

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石切り場(料亭)の前の道で何かに気づいたタモリさん。

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この道は川っぽい。

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話についていけない林田アナw

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