フィリピンのセブ島で自転車を借りて(アウトドアツアー・ショップ プラネット・アクション)サイクリングをしました。

白砂のビーチが有名な観光地ーホワイト・ビーチに行きましたが、あいにくの曇り空で人はほとんどいませんでした。
私の他に観光客といえば、ビキニからはみ出たお肉が気になるアラフォーの白人女性4人組ぐらいでした。
地元の漁師兼海の家のおじさんと少し立ち話をして、リゾートホテルの中庭で遊んでいた犬たちを写真に撮ってから自転車が停めてある駐車場に戻りました。

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 モアルボアル ホワイトビーチ

自転車を漕ぎだしてすぐ後輪のタイヤがパンクしていることに気づきました。
悪路を来たので釘でも踏んづけたのかもしれません。
あるいはイタズラされたのかもしれません。
原因はどうあれ、パンクしていることには変わりありません。

私は自転車を引いて歩き出しました。
無理して乗ってリム(車輪)でも歪めた日には、自転車屋に預けたデポジット(保証金)の5000ペソ(当時のレートで約1万円)が返ってこない恐れがあるからです。
ビーチの入り口にいたガードのオジサンにパンクを直せるところはないか聞いたのですが、そのオジサンは現地語で何やら言いました。
言葉はわかりませんが雰囲気でわかったのはもう少し先に村があるからそこに行ってみろ、ということでした。

自転車を引いてしばらく歩いていると雨がぽつぽつと振ってきました。
ジャングルの中に小さな家々が数件見えてきたところで、雨は本降りになってきました。

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 闘鶏用の鶏を飼う家は多い

粗末な、一間しかない小さな家の窓から若い夫婦がこちらを見ているのに気づきました。
「パンクを直せるところありませんか」
身振りを交えてつたない英語で彼らにそう呼びかけると、彼らは隣の家を指さしました。
「隣?そこ?」
あまりに近くに目的地があったことを訝しく思いましたが、私はその家に近づきました。

その家はよく見ると、トロトロ(簡易食堂)になってました。
食堂と言っても普通の家の軒先で営業しているようなごく小さな店です。
テーブル席が一つと手作りのカウンター。

そのカウンターの向こうで18、9くらいの娘が店番をしていました。
「あのーパンクを直してください」
私がそう言うと、彼女は大きな声で誰かを呼びました。
彼女は何度か呼びましたが、返事はありません。
強くなった雨脚の音だけが私たちを包んでいます。

「今いないみたい。遠くには行ってないと思うけど…」
「じゃ、少し待ちます」
パンクを直せる人がいるのなら、待つ価値はあります。
それに外は雨です。
そして、ちょうどお昼時でした。
待っている間、お昼ご飯を食べることにしました。
「ここ食堂ですよね。何がありますか?」
「今日あるのは鶏レバーとナスの炒め物と魚のフライ」
「じゃあ、魚。それとビール」
「わかりました…あなた日本人?」
「そうだけど…なぜわかるの」
「その…」
彼女は少し躊躇しているようでした。
「…話し方」
「ああ」
どうやら私は日本語なまりが強い英語を話しているようです。
学生時代、テキストの新単語にカナでフリガナを振っていたツケでしょう。

私が小さなテーブルの席についていると、ほどなく彼女が食事とビールを運んできました。
食事は山盛りのごはんと15センチほどの魚のフライが一匹。
以上。

フィリピンの庶民の食事は実にシンプルです。
私は街のジプニーの車掌クンの横顔を思い出しました。
スペイン系の血が混じった彼はなかなかのイケメンでしたが、少し痩せすぎで顎が尖っていました。

おかずとごはんの比率があまりにアンバランスで、私はご飯を半分近く残してしまいました。

軒下で物欲しげな様子の犬がこちらを見ていたので、私は掌にご飯を載せてそいつを呼びました。
犬はおずおずと私に近づき、手の上のごはんをうまそうに食べ始めました。

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こちらの犬は概ねおとなしいが、狂犬病を持っていることがあるので注意

すると娘が店の奥から出てきて、「&%$#!」
と、犬を叱りつけます。
客人からエサをもらうような真似をするなということでしょうが、仁王立ちの娘は犬と座っている私を見下ろし、完全に私も一緒に叱られている感じでした。

どこからともなくオジサンが現れ、ビニール袋に入れたナスの炒め物をテイクアウトしてバイクで去ってゆきました。
雨は少し小やみになってきました。

私は娘に声をかけようとしてカウンターの方を見ましたが、そこには誰もいないように見えました。
立ち上がってカウンターの奥の暗がりを覗くと、椅子に座った彼女が身じろぎもせずじっと虚空を見つめていました。
まるでお寺に安置された菩薩像のようです。

「あの…家の人は帰ってこないかな」
「まだ…みたい」
「そろそろ行きます。他にパンクを直せるところありますか」
「ボーカサイスィング・レスト」
「えっ?」
「この先を行った右手にあるわ」
「もう一度言ってくれますか?」
「ボーカサイスィング・レスト」
どういう場所か見当もつきませんが、私はその名前を頭に刻みつけました。
「いろいろありがとう。さようなら」
「さようなら」

私は雨上がりのぬかるみの道を自転車を押しながら再び歩き始めました。

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