私の人生の中で、組合員(同性愛の人たち)とはあまり接点はありません。

あまり、というのは親しくおつきあいをした人はいないということで、まったくなかったわけではありません。

最初の出会いは深夜の池袋だったと思います。
大学サークルの飲み会の帰りか何かだったと思いますが、私は文芸座の近辺を一人でふらついていました。
暗い路地からいきなり女物のカツラをつけた30くらい男の人が現れ、「ねえ、遊ばない?」と声をかけられました。
私は何も言わず、急いでその場を離れました。
「キャッハハハハ」
立ち去る私の背中を追うように、彼(女)の笑い声が夜の底に響きました。
表通りに出ると、すぐタクシーを拾って帰りました。
学生のくせにタクシーはゼイタクでしたが、多分怖かったのだと思います。

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袋 旧文芸坐 ここは組合員の社交場として有名でした。

次は隣町にあった場末の映画館です。

そこも池袋の文芸坐と同様、組合員たちのたまり場になっているという噂は耳にしていたのですが、私はしばしばその成人向け専用の映画館に足を運んでいました。
当時はまだレンタルビデオもネットもない時代です。
エッチな作品を見るにはそういう映画館に行くしかなかったのです。

ある時、いつもスッカスカに空いている客席なのに、私の席から一つおいた右隣に座った大柄な若者がいました。
映画鑑賞中は映画に集中したいので、私は近くに席を占めたその男がちょっと気になりました。
そのうちその男は私たちの間の席に左手をダランと伸ばして置きました。
空いてるスペースですからとやかく言う筋合いではありませんが、何か嫌な感じはしました。
スクリーンの微かな光で照らされたその男の横顔を盗み見たのですが、銀縁の眼鏡をかけた角ばった輪郭の学生風です。
どこにでもいそうな、ごく普通の男です。

私の気のせいかと思い、再びスクリーンに視線を戻し映画に集中し始めました。
しばらくすると、男は苛立ったようにすくっと立ち上がりました。
いったん通路に出て、それから私の前の列の座席を進み、今度は斜め前の席に座りました。
落ち着きのないヤツだ…そう思った次の瞬間、男は予想外の行動をとりました。
彼は席と席の隙間から、私に向かって腕をにょっきりと差し出してきたのです。

薄暗い空間に差しのべられた男の手…。
彼の気持ちに応えられない私は、静かに席を立ちました。

さらに同じ映画館で。

映画館のトイレで小用を足していました。
3つある便器の右端、他には誰もいません。
そこへあとから入ってきた人が私の隣の便器の前に立ちました。

普通なら一つ空けて、左端に行くはずです。
私は前のこともあるので少し警戒しました。

「ねえ…君」
呼びかけられて隣を見ると、紺スーツ、オールバックの課長風サラリーマンがこっちを見ていました。
年のころ43、4歳、目が充血し、なぜかビニ本を手にしています。
案の定です。
「どうこれ」
広げて差し出してきたビニ本には版ズレのひどい女の裸の写真。
「…」
「×××しないか」
そう言って、課長は後ろの個室トイレをアゴで指しました。
「…いえ」
私は大急ぎで自分のモノをしまい込み、風のように速やかにトイレを出ました。

よくもまあ、あんな画質の悪いビニ本で「×××しないか」と言えたものだと思いましたが、考えてみると課長は女には何の興味もないので写真が粗悪でも気にならなったのでしょう。

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ビニールで包装されていたのでビニ本。深夜に自動販売機まで買いに行くのがチュウ坊の冒険でした。