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2014年04月

ブロッコリーの茎は栄養もあるので、捨てたりせずにおいしく食べましょう。

今回はツナ・マヨネーズのディップをつけて食べるお料理をご紹介します。
タンパク質、ビタミン、ミネラル類などがしっかりとれ、しかもおいしい逸品です。

まず、ツナマヨ・ディップを作ります。

用意するものは、ツナ缶、玉ねぎ小1、マヨネーズ適量、塩コショウ適量。

玉ねぎはミジン切り、もしくは薄切りにして(玉ねぎの食感を残したいときは粗みじん)、水に10~20分程度さらします(辛味を取りたければ長めにさらす、ただしあまり長いと栄養分は逃げるらしい)。

玉ねぎの水をよく切って、ツナと合わせ、マヨネーズ(量はお好みで)、塩コショウで味を整えます。

完成したツナマヨ・ディップは、いったん冷蔵庫にしまいます。

次はブロッコリーの茎を調理します。

ブロッコリーの茎の皮を剥きます。
皮は硬いので、厚めに剥いてください。
根元部分は1~2センチカットします。

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 包丁とピーラー総動員

次に、厚さ3ミリ程度の拍子切りにします。

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 タケノコっぽい

これを4分ほど蒸します。
蒸し器がない場合はお湯で茹でます。

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 お湯が沸騰したら蓋をして4分、茹でるなら3分ぐらい

蒸しあがった茎をお皿に盛りつけ、ツナマヨディップを添えてできあがり!
余ったディップはトースト、サラダ、パスタなどいろいろなものに使えて便利です。

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 ディップを茎にのせていただいてください

ブロッコリーの茎は結構いけますよ。
ぜひお試しください。


私がこの小説を読んで一番感じたのは、日本をこの悲惨な戦争に導いてしまった”狂気の渦”は一体何だったのだろうか、ということです。

おそらく当時も戦争に反対する人々は皆無ではなかったはずです。
特に海外の事情にも精通していた知識階級はこの戦争が無謀で、いずれ敗戦に終わることは予感していたのではないでしょうか。
客観的に見れば、連合国と日独伊、特に日本とアメリカの総合力の差は歴然としていたはずです。

しかし、当時の時代の”空気”は少数派の意見を完全に封じこめてしまいました。
日本人は今でも”空気”には弱い国民です。
長い歴史と文化の中で協調性を重んじるあまり(聖徳太子の憲法でも”和をもって尊しとなす”と謳っています)、この国では一度空気ができてしまうと、それに逆らうことは極めて困難です。

では、この狂気ともいえる空気を作り出したのは誰なのか。
軍部関係者が主犯だとは思いますが、政治経済界のリーダーたち、世論を戦争に導いたメディアも主犯に近い共犯者なような気がします。
もちろん、国民にも責任はあります。

もっとさかのぼって考えれば、日本が日清・日露戦争に勝利してしまったことが、災いの始まりだったのかもしれません。
例えるなら、とうに盛りを過ぎた老ボクサーたちに連勝し、調子に乗って現役チャンピオンに挑戦した向こう見ずな新人ボクサーのようなものです。
帝国主義的イデオロギーが色濃い時代背景にあって、自国を神国と過信した日本人には太平洋戦争は避けられない運命にあったのかもしれません。

それにしても、軍という組織は実に愚かでした。
実際の戦場では日本の精神主義はアメリカの合理主義によって、完膚なきまでに打ちのめされました。
時代錯誤の武士道精神を狂信する軍の上層部は命の使い捨てという最悪の作戦方針を作り出してしまい、戦争の悲劇をさらに拡大させたのです。

ゼロ戦はたしかに当時の最高水準の戦闘機だったのかもしれません。
日本人はその技術力にプライドを持つべきでしょうが、ゼロ戦賛美がそのまま戦争賛美につながることはとても危険です。

ネットなどで若い世代の書き込みを読むと、戦争に対する抵抗感が少ないことに驚きを感じます。
愛国心が悪いことだとは言いませんが、時間のつながりの中で現在があることをきちんと認識してほしいと思います。

終戦から70年の月日が流れ、人と人が殺しあう戦争の悲惨さはもう風化されてしまったのかもしれません。
チャリー・チャップリンがかつて言っていたように、平時では極刑にも値する殺人という行為が戦争という異常事態では褒章の対象になるのです。
いかなる理由があろうとも、戦争は正当化される行為だとは思えません。

しかしながら現状を見ると、この国で再び”狂気の渦”が生まれないとは言い切れません。

「永遠の0」はそういう意味で若い世代の方に読んでいただきたい作品です。

zero
 私の友人曰く、戦争ごっこは好きだけど戦争は嫌


もう20年前くらいから朝の連ドラを見る習慣がついているので、面白くても面白くなくても見続けています。
朝の連ドラは割と当たり外れがあります。

今放映中の「花子とアン」はまだ始まったばかりなので、まだなんとも言えません。

ストーリー自体は女性の主人公が様々な困難にめげず、様々な出会いがあり成長してゆく、という朝の連ドラの王道というか、いつもの定番です。
このパターンは場所や時代設定が変わるだけで、朝の連ドラの9割を占めています(私のカン)。
要はこのお決まりのパターンをどう見せるかが、勝負になってきます。

「花子とアン」のストーリー展開は今のところフラットな感じです。
花子は停学・退学処分になりそうな騒動を起こしますが、私は主人公の行く末をある程度知っているので、どうせ収まるところに収まるだろうという目で見ています。
こう書くとつまらないと思っていると思われるかもしれませんが、気の弱い私は結末がある程度わかっている方が安心して見られていいのです。
水戸黄門で最後に悪者は必ず成敗されると解ってみているのと同じです。

私は今のところストーリーよりも登場する役者さんたちに興味を持ってみています。

例えばブラックバーン校長役の女優さん(トーディ・クラーク)。
彼女はロサンジェルスを拠点として演技指導の先生をされているそうです。

blackburn
実際は役柄の雰囲気よりもお若い

他に先生役ではともさかりえ。
彼女は明るい役が多く、口が曲がっているのがチャームポイントですが、今回の冷淡な先生役では口の歪みが性格の歪みとして表現されている(、と思います)。
いつもの朝ドラパターンだと、本当はいい人だったということになるはずですが、どうなんでしょう。

それから忘れてはいけない、ハリセンボン春菜。
芸人用語でいうところの出オチなんですが、どこか可哀想なヒール役は秀逸です。
彼女は登場するだけで周囲を沸き立たせる”華”のある芸人さんですね。

haruna
悪い顔してみました

甲府の家族では、妹役の黒木華。
「純と愛」では主人公の恋敵のOLとして出演していましたね。
彼女の純日本風の顔立ちは今逆にビビッドな感じがします(でも実はハーフらしい)。

kurokihana
 海外で大きな賞も受賞してノリにノッテます

もちろん今後物語の中心となる二人にも注目しています。
もはや大女優の貫禄のある仲間由紀恵。

nakama
葉山様が醸し出している”違和感”と”鬱屈”はさすが

そして、主人公の吉高由里子。
吉高といえば、酔っぱらい(笑)。

yositaka
「ハイボール、イ~エィ」と言って欲しかった

ストーリーは定番ですが、随所に見どころを用意している「花子とアン」、今後も期待は持てそうで楽しみです。

花子とアン~いよいよ中盤 注目の女優・男優陣 

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遅まきながら、一頃ちょっと話題になった「桐島、部活やめるってよ」をユーチューブで見ました。

私が高校生だったのはもうウン十年前。
だからなのか、正直この映画の世界に入りこみきれませんでした。

そもそも桐島って何者だ?
最後までキーパーソンが登場しないスタイルは有名な戯曲「ゴドーを待ちながら」を思い出させます(見たことはないけどね)。
登場人物たちは見えない桐島クンに右往左往しています。
桐島クンは人気者どころかカリスマさえ通りこして、神的存在とも言えるのかもしれません。

人は何かに依存しないと生きていけないか弱い動物。
不安定な青春期にはいっそうそういう絶対的存在が必要なのかもしれません。

そういう理屈はわかるのですが、なんかピンと来ないのです。
まあ、このへんは感受性とか好みの問題かもしれませんね。

それから、高校のクラスを支配しているヒエラルキー(階層構造)のようなもの。
桐島クンを頂点として、バスケをしながら桐島クンを待つ東出昌大くん(役名忘れた)ら男子数名と桐島クンのキレイな彼女とそのお友達数名。彼ら彼女らがクラスの上位層とすれば、下層階級は神木隆之介くんをはじめとする映画部の面々ということになります。

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私は地味な都立高校の出身ですが、あまりそういう学校内ヒエラルキーを意識したことはありませんでした。
運動部も文化部も帰宅部もいたし、クラス内に仲良しグループもいくつかありましたが、それぞれどちらが上とか下とかいう区別は感じなかったなあ…。
そもそも高校進学の段階で偏差値で選別されていたし…。

偏差値といえば、私は運動部だったんですが、超有名な進学校A学園と試合して負けたことがあります。
この時は監督が激怒しました。
「お前ら、偏差値で負けているのに、スポーツでも負けてどうする!全員坊主だ!!」
この理不尽な命令に、我々もなんとなく納得して翌週みんな頭を丸めてきました。

当時の私達を支配していたのは”偏差値”だったのかもしれません。
偏差値が神だったから、桐島クンはいなかったのかもしれません。

ああいった学校内ヒエラルキーはアメリカ映画ではしばしば見かけますね。
フットボール部やバスケットボール部のスター、そのガールフレンドたちや取り巻きが頂点にいて、運動も勉強もいまいちのイケテナイ子たちが、上位層にバカにされ、虐げられるというパターン。

まあ、異性にもてて明るい青春を謳歌できるグループと容姿も性格もパッとしなくてどんよりとした青春を過ごすグループがあることは、洋の東西を問わず同じなのかもしれません。

思い起こせば高校生当時の私も青春の勝ち組に入りたくて、この映画の登場人物たちのようにどこか空虚な恋愛をしていたような気がします。

また、この映画では下位層の鬱屈が上位層をゾンビたちに襲わせるという形(妄想?)で爆発しましたが、私はこのシーンを見た時にあの米国コロンバイン高校の銃乱射事件を思い出し、現実は虚構をはるかに上回っていると感じ、同時に日本はアメリカに比べればずっとマイルドで繊細で平和なのかもしれないと思いました。

現代社会を構成しているヒエラルキーは金を神とする富裕層と貧困層。
そして横のつながりを支配しているのはスマホ神。
あぁ、なんだかなぁ~…。

私がこの映画を見て一番共感できたのは、ブラスバンド部の女の子が屋上からスナイパーのように東出くんを見ているシーンです。
思いを伝えるすべも勇気もなく、ただ遠くから見つめるだけの初々しい恋。
もうすっかり忘れかけていた甘くて切ない感情を少しだけ思い出しました。

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塩麹を使ったレシピをネットで調べると鳥の胸肉を材料に使っているものが多いので、私もやってみることにしました。
スーパーで100グラム45円(安っ!)の鶏胸肉300gちょっとを買ってきて、スーパーの小さい透明のポリ袋に入れ、そこに塩麹大さじ2程度を投入。

ポリ袋を軽くモミモミして肉全体が塩麹まみれになるようにします。
これを冷蔵庫に入れて半日~1日放置。

フライパンに油を敷いて、熱くなったら寝かせておいた胸肉を入れます。
この際、肉についた塩麹は軽く拭い、皮を下にしてフライパンに入れてください。
私はこの段階で肉に軽く塩コショウしましたが、味の調整はこの前でも後でも可能です。

中火で焼き目がつくまでソテー(塩麹が付いているので焼き目はつきやすい)。
ひっくり返して裏も焼き目がつくまでソテー。

両面焼き目がついたら、弱火、蓋をしてじっくり焼きます。
5~6分焼いたら(あくまで目安)火を止めて、そのまま予熱で中まで火を通します。
予熱は15分ぐらいは必要かもしれません。

この料理で難しいのは、焼き加減です。
焼きすぎればパサパサ、焼きが足りないと肉の厚い部分が生っぽくなります。

職人のカンで中まで火が通ったと思ったら、完成です。

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 暖かくなりプランターのパセリがモコモコ茂ったのでたくさん使いました。

肉を薄めにスライスして一口。
うん、確かに美味しいです。
塩麹の絶妙な風味が肉に染みこんで、とてもお安い胸肉とは思えません。
これでワインがあれば立派なディナーのメインになります。

オススメの逸品です。

追記: 鶏肉はなるべく新鮮なものを使ってください。
     いったん冷凍したものを使うとやっぱり少し味は落ちます。

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