しかし、芝居の町がなぜお笑いの街になったのでしょうか?

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お笑いの原点は「火屋」?

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火屋の痕跡を捜しに千日前に行く途中、法善寺の前を通過。

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法善寺と言えば、「月の法善寺横町」。

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タモリさんノリノリ。
林田アナポカーンw

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案内人は、大阪市博物館機構の船越幹央さん。

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墓地→火葬場=火屋?

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かつてここは広大な墓所。
墓場と火葬場が隣接していたのですね。

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お笑いの原点を発見。

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明石屋w

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かつてあった広大な墓所は明治7年に移転。
今は東墓地だけがその名残をとどめています。
この広大な跡地こそがお笑いの原点につながります。

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力士対外国人の相撲。

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K-1的な興行をやっていた?

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道頓堀の格式高い芝居とは違い、墓所の跡地ではきわどくて俗っぽい演芸が行われました。
墓地の跡地にいかがわしい見世物が押しこめられるのが興味深い。

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海女の水芸手踊り。

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精巧人体解剖蝋型。

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その中には、喜劇のルーツとなる「にわか」もありました。
にわか:
ものまねや歌舞伎のパロディなど
即興的に演じる滑稽な寸劇

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「にわか」が好きで、自分でも「にわか」を作っていたタモリさんのお祖父さん。

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ほぼ下ネタw

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血は争えないw

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千日前。

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道路の向こうも千日前。
千日前は分断された?

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明治45年に大火事があり、密集していた見世物小屋や寄席はすべて消失してしまいました。
ところが、この試練が演芸の街を逆に進化させることになりました。

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大火の後の街。

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千日前は演芸の文化を残しつつ、最先端のエンターテインメントの街と生まれ変わりました。

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生まれ変わった千日前の再現CG。

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ブラタモリ関係者が3人。

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新しくなった街に新しいスタイルの演芸が生まれる。

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なんばグランド花月。

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ミナミの笑いを代表する劇場。

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タモリ氏初訪問。

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吉本興業の歴史?

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新しいスタイルの演芸とは、今ではだれもが知る「漫才」。

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音曲万才:
鼓や三味線など楽器を持つのが定番
歌舞音曲の合間に笑わせる

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時代に合わなくなった音曲万才にかわり、エンタツアチャコはスーツを着て舞台に立つ。

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鼓や踊りをやめ、しゃべくり漫才を生み出す。

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エンタツアチャコの大ヒット演目「早慶戦」のレコードを聴く。

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パターン化していた漫才をテンポの良い日常会話にしたエンタツアチャコは画期的だった。

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ミナミの街が生み出したスター漫才師たち。

やすしきよし。

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宮川大助・花子。

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オール阪神・巨人。

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やっぱりヘリは面白い。

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エンディング♪

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次回(5月25日)は古墳の町・堺です。

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