タモリさんたちは信長の時代に城下町があった場所にやってきました。
ここでは平和を目指す信長にとって欠かせなかったものがわかります。

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案内をするのは岐阜大学の富樫幸一先生。

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信長の時代からあった堤防跡

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江戸時代の地図。
タモリさんたちは黒い線(堤防)が二股に別れたところにいる。
堤防の北側にある飛び地のようなものは何?

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現在の地形図で見ると少し高くなっていて、そばに長良川が流れている。

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実際にその場所に行ってみます。

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ここは戦国時代からあった港町

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長良川の中州を利用した川港。

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そしてこの港に運ばれていたものこそ、信長が戦を避けるうえで欠かせないもだった。

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和紙のお店。

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美濃和紙を扱う問屋が並んでいた。
長良川の上流は和紙の原料コウゾの産地。

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実物の美濃和紙。

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薄くて強い美濃和紙。

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外交でこの美濃和紙の書状を送れば、信長の評価が高まる。

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上質な紙で権威をアピール。
美濃和紙も信長流の平和外交でした。

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信長は、秀吉の妻ねねにも夫婦喧嘩の仲裁の手紙を書いていた。

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信長は意外と筆まめだった。

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タモリさんたちは紙問屋の面影を残すカフェに入ります。

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奥にある

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壁が厚いのは紙を保管するので湿気防止のため。

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大量の紙を保管するので天井も高い。

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信長亡き後も岐阜では和紙を使った産業が発達します。
提灯は岐阜の伝統的な工芸品。

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岐阜提灯は初耳。

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岐阜和傘もあります。

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ポスターに使えそうなショット。

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紙を使った工芸品を作るお店に入ります。

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岐阜うちわ。

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ただ一つ残る手作りの工芸品の店。

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水のような透明感があるから「水うちわ」。

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水うちわ:
繊維の細かい和紙に天然のニスを塗り
透明感を出した岐阜独自の工芸品

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近江アナ、うちわの仕上げに挑戦。

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なんか良くない音がしたw

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ホヘw

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タモリさん、うちわの打ち抜きに挑戦。

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次は本番。

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鵜匠タモリw

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本番行きます。

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本番成功。

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ニスを塗って水うちわになった完成品。

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悲惨だった戦国時代に信長は経済的に豊かな平和な場所を作った。

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信長がやった有名な町づくりといえば?

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近江「楽市楽座?」

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驚きすぎw

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川原町から南へ3km。
岐阜市の中心街にやってきました。
ここには信長の町づくりの痕跡があります。

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「楽市楽座」と書いてある案内板。

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楽市楽座:
商売を独占した「座」という組合を排し
自由に取引ができる市場を作る経済政策

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タモリさんが見つけた円徳寺というお寺には信長が楽市を認めた立札が残っています。

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これが信長が出した制札。

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この制札は円徳寺にあったが、円徳寺は昔別の場所にあった。

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古地図で「織田塚」と書かれた場所にあったらしい。

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楽市楽座はどこにあったのか?
それは今でも明らかになっていませんが、織田塚が手がかりになりそうです。

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古地図を頼りにまずは織田塚に向かいます。

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タモリさん神社の碑を発見。

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地図上の位置関係。

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古地図にも神社がありました。

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織田塚に続く道は残っているのか?

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それらしき細い道を発見。

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どんどん進む。

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行き止まり。

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道を回り込んで織田塚がありそうな場所へ行く。

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門とフェンスに囲まれた織田塚を見つける。

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織田塚の案内板。

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昔円徳寺はこのあたりにあった。

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織田塚:
この地で戦死した織田軍の兵を弔う墓と伝えれている

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古地図を見ながら古い道が交わる場所に行ってみる。

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マックスバリューのある交差点

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微妙に道が曲がっているのは古地図と同じ。

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南は尾張に続く街道。

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東は飛騨に続く街道。
ここは古くからの交通の要衝でした。

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元町という町名がもともとの中心地だったことを示している。

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ここを楽市楽座があった場所と認定。

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信長のイメージが変わったタモリさん。

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チャートの前で信長と一杯やりたいw

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エンディング♪

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次回(12月9日)は彦根です。

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