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1988年2月10日東京・池袋
 
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シリーズ3作目は380万本の爆発的ヒットになる。

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ナレーターの山田孝之が最初にプレイしたのは小学生の時に出たドラゴンクエストⅤ(1992年)。

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さんざんな目にあったが、それ以来のドラクエファン。

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ドラゴンクエストのシナリオは堀井雄二。

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キャラクターデザインは鳥山明。

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音楽はすぎやまこういち。

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 この3つの才能が結集して、ドラゴンクエストができている。

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 ドラゴンクエスト11の開発現場に潜入。

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今回も堀井雄二のシナリオをもとにゲームは作られている。

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堀井が大切にしているのは、プレイヤーの気持ちになりきること。
自分が作っているゲームをあえて客観的にチェックする。

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常にプレイヤーの気持ちを考えながらゲームを作っていく。

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1988年、堀井雄二のインタビュー。
”遊び手の身になってゲームを作る”
30年間、彼の姿勢はブレていない。

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堀井雄二はとにかくゲームが大好き。
会議も堀井のゲーム終わり待ちw

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都内某所、高層マンションの一室。
山田孝之が堀井雄二のもとを訪ねる。

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ドラクエ風に改装された堀井雄二の仕事場。

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壁面に飾られた剣。

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番組のホームページで募集した質問をドラクエの生みの親にぶつける。

Q1..堀井さんのプレイヤー名は何?

A.ゆうぼん。ネットゲームなどで身バレしたくないときは×××(効果音)。

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ちなみに山田さんは毎回「そらまめ」。

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Q.主人公が民家などに勝手に入ってタンスを開けたり、ツボやタルを割ったりします。それを勇者ヨシヒコでネタにされたりしています。そのことについてどう思われますか?(笑)

A.僕も結構人んちで冷蔵庫を勝手に開けるw

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Q.堀井さんがドラクエを作るうえで大切にしていることは?

A.自分がプレイヤーとしてやったときに楽しめるか、ワクワクできるか、面倒くさくないかどうか。どうやったらいいのかわからない、をなくす。次はどうなるかという期待感を持たせる。

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あの鳥山明は、どのようにキャラクターをつくっているのか?

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集英社Vジャンプ伊能編集長に聞く。
「鳥山先生はどんな人?」
「すごく…いい人!」

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丁寧で礼儀正しいが、言うべきことはしっかりと伝える鳥山明のメール。

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ゲーム内でキャラクターたちが動くことを前提にしてキャラクターデザインを考えていて、その点についてはこだわりを持っている烏山明。

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鳥山明がこれまで作ってきたキャラクターは500以上。

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しかし、ボツになったキャラクターもたくさんいる。

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鳥山明からのメッセージ。
 
本人は露出NG。
軽い気持ちでキャラクターデザインを引き受けたドラゴンクエスト。
30年も続くとわかっていたら、断っていた。
同じようなことを長く続けるのがダメなタイプ。

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ドラクエシリーズのキャラクターデザインは楽しくもきつい仕事。
最近は”きつい”の方が比重が大きいもようw

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どんどん愚痴っぽくなってくる烏山先生w

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最後は前向きなメッセージでしめてくれましたw

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ドラクエの音楽をてがけた作曲家すぎやまこういち(85)。

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ゲーム音楽に本格的なオーケストラ・サウンドを持ち込んだ第一人者。

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制作現場にお邪魔する。

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新曲をゲーム画像と合わせてみる。

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続けられている原動力は、ドラクエ愛。

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ゲームの音楽には何回聞いても飽きないクラシックをベースにした。

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最高年齢でゲーム音楽を作曲した作曲家としてギネスに認定される。

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堀井雄二への質問後半。

Q.キラーパンサーの名前はなぜ変な名前(ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレ)ばかりなのか?

A.変と思っていない。ゲレゲレはイチオシ。

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Q.ドラクエⅦのキーファはなぜ意味ありげに退場したその後、話にすら出てこないのか?

A.ドラマに切なさを出したかった。

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こういうことは人生にもあるw

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Q.ドラクエが成功して一番良かったと思うことは?

A.天職のゲームに出会えてよかった。

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ドラゴンクエスト誕生秘話。

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33年前、少年ジャンプに掲載されたゲームコンテストの特集記事。
このコンテストを取材し、記事を書いたのはフリーライター堀井雄二(当時29)。
堀井は取材する身でありながら、内緒でテニスゲームを出品していた。
しかも、それが入選してしまった。

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このコンテストの表彰式で、中村光一と運命的な出会いを果たす。
後に堀井とともにドラゴンクエストを製作する天才プログラマーだ。

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そのころ二人がはまっていたのが、日本にはまだなじみがなかったRPG。
しかし、中村が好きだったのはウィザードリィ。
一方、堀井がはまっていたのはウルティマ。

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ウィザードリィはダンジョン、ウルティマは宇宙空間まで広がるフィールドが魅力。
そこで、二人で作るゲームは二つのゲームのいいところを取ることにした。

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堀井と中村が新しいゲームを作ると聞き、少年ジャンプの鳥嶋和彦も絡んでくる。
ゲームのキャラクターデザインを鳥山明に持ちかける。

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ドラゴンクエスト・プロデューサーの千田幸信は当時の大ヒット曲「We Are The World」からインスピレーションを得る。
「We Are The World」はヒットするという前提でモノを作っていた。 
千田は「これから世界一のゲームを作る」と宣言して、ドラクエのプロジェクトをスタートさせた。 
 
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堀井がまず取り掛かったのは、プレーヤーが自由に歩ける地図を描くこと。

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 堀井は登場人物に人間臭いセリフを言わせるように心がけた。

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呪文の名前は感覚でつけた。
ホイミは身を守るから「保身」。
メラは燃えるからメラ。

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堀井「鳥山さんのモンスターはかわいくて温かみがあるからゲームが殺伐としない」

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鳥嶋「鳥山明のモンスターはプレイヤーと目が合うように描かれている」 

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プログラマーの中村は大量の文字や数字の情報を表現するためウインドウのスタイルを採用した。

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千田はゲームのアンケートはがきに目を通している時、すぎやまこういちの名前を見つけた。
すぎやまこういちは将棋ソフトの感想を書いて送ってきていた。

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千田はすぎやまこういちと知り合うことになる。
千田はすぎやまこういちがゲーム好きだと知る。

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千田は音楽をすぎやまこういちに頼みたいと堀井と中村に持ちかけたが、中村は反対する。
ゲームを知らない大先生なんかに頼みたくないと。

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だが、中村はすぎやまこういちと会い、ゲームの話で盛り上がる。

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こうして、すぎやまこういちが仲間に加わった。

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しかし、残された時間はあまりなかった。
与えられた一週間で、すぎやまは8曲を作り上げた。
あの有名な序曲はたった5分で作られた。

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かくしてゲームは完成した。
1986年5月27日 ドランゴンクエスト第1作発売。

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人気を決定づけたのは翌年発売されたドラクエⅡ。
仲間と旅をする物語が多くの支持を集める。
 
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第3作はさらに爆発的ヒット。
ドラクエを求めて日本中に長蛇の列ができた。

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愛され続けて30年、ドラクエは第11作を迎える。

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堀井雄二からのメッセージ。
「人生の主人公はあなた。人の目を気にしたり、人と比べたりせず、あなたの人生を生きてください」

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